
インディ500では、その長い歴史の中で、数々の名勝負が繰り広げられました。
1912年、大量リードを築いていたラルフ・デ・パルマ(Ralph DePalma)のメルセデスが、エンジントラブルに見舞われてストップ。彼とライディング・メカニックはコースへと降り、ゴールへと向けてマシンを押し始めました。その横を前年2位のジョー・ドーソン(Joe Dawson)のナショナルが駆け抜け、優勝。諦めずにマシンを押したデ・パルマたちの健闘も大観衆からの喝采を受けました。

1960年には、ジム・ラスマン(Jim Rathmann)とロジャー・ウォード(Rodger Ward)が、抜きつ抜かれつのシーソーバトルを繰り広げました。レース後半の約100周で、両者は14回もトップを入れ替える激しい争いを展開。残り4周でトップに立ったラスマンがウィナーとなりました。
1982年、パトリック・レーシングのゴードン・ジョンコック(Gordon Johncock)が、ペンスキー・レーシングのリック・メアーズ(Rick Mears)と激しい優勝争いをみせました。ゴール前、最後のピットストップで必要以上の燃料を補給し、長い時間をかけてしまったメアーズは、ギリギリの燃料しか入れずにコースに戻ったジョンコックに差をつけられての2番手となりましたが、そこから猛チャージ。最終ラップへと入るメインストレートでメアーズはパスを仕掛けたのですが、ジョンコックはアウト側からターン1の奥深くまで突っ込んでトップを死守しました。これで勝負はついたかに見えましたが、バックストレッチで体勢を立て直したメアーズが、最後のアタックをターン4からゴールラインにかけて行いました。ジョンコックの背後に食らいついたメアーズでしたが、ジョンコックがこれを振り切り、0.16秒差の勝利。これは当時の最小僅差でのゴールとなりました。
1989年、レース終盤にトップを激しく争っていたエマーソン・フィッティパルディ(Emerson Fittipaldi)とアル・アンサーJr.(Al Unser Jr.)は、ゴールまで3周を切っていた198周目のバックストレッチで周回遅れのグループに追いつきました。3台のマシンの間をかいくぐるようにゴールを目指した2台は、ターン3で接触し、アウト側を走っていたアンサーJr.がスピンに陥ってクラッシュ。何とかマシンをコントロールし切ったフィッティパルディがインディ500初優勝をなしとげました。イエロー下でのゴール、アンサーJr.はコースサイドからフィッティパルディに向けて親指を立てるジェスチャーを見せ、ブラジル人ベテランドライバーの闘志と勝利を讃えました。
1991年、リック・メアーズとマイケル・アンドレッティ(Michael Andretti)のバトルも凄まじいものでした。すでにインディカーを代表するドライバーとなっていたアンドレッティ二世は、インディ500初勝利に向け、メアーズをターン1でアウトサイドから豪快にパスしてトップを快走していたのですが、レースが残り13周というところで、メアーズがアンドレッティを、彼に抜かれたのと同じターン1で、やはり同じようにアウトからのオーバーテイクを見せ、インディ4勝目を挙げたのです。

1993年には前年度F1チャンピオンのナイジェル・マンセル(Nigel Mansell)がインディカーシリーズ、そしてインディ500に来襲。初めてのインディ500でもマンセルはトップ争いを演じ、34周のリードラップを記録しました。200周のレースの185周目に切られたリスタート、マンセルは加速に失敗し、メインストレートでエマーソン・フィッティパルディ、ターン1でアリー・ルイエンダイク(Arie Luyendyk)というインディ500優勝経験者にパスされ、3位でゴール。勝ったのはフィッティパルディでした。
2006年、アンドレッティ家の三代目、マルコ・アンドレッティ(Marco Andretti)がインディ500にデビュー。目覚ましい走りを見せた彼は、最終ラップをトップで迎えましたが、2番手で急追してきたサム・ホーニッシュJr.(Sam Hornish Jr.)が、200周のレースの最後のコーナーであるターン4からコントロール・ラインまでのストレートでマルコに追いつき、そして、パス。まさかの大逆転となり、0.0635秒差でホーニッシュJr.が優勝しました。
2011年の最終ラップのドラマは衝撃的でした。トップを走っていたJR・ヒルデブランド(J.R. Hildebrand)は、最後のコーナーで周回遅れに追いつき、アウトからパスしに行ったところ、タイヤが路面の汚れを拾ったか、外側のコンクリートウォールにクラッシュしました。マシンは火花を散らしながら、外側の壁沿いを滑ってそのままゴールへと到達。その横をすり抜け、先にゴールラインを横切ったのがダン・ウェルドン(Dan Wheldon)でした。彼にとっての二度目のインディ500優勝は、最終ラップのみをリードしての勝利でした。
2012年のインディ500は、ダリオ・フランキッティ(Dario Franchitti)、スコット・ディクソン(Scott Dixon)、そして佐藤琢磨による三つ巴の優勝争いでした。ゴールを目前にした戦いで最も速かったのが、インディ挑戦3回目の佐藤でした。199周目のターン1でディクソンを抜いた彼は、残る1台も抜き去り、大逆転のインディ500初優勝を飾る勢いでした。最終ラップへと入るメインストレート、佐藤はフランキッティのドラフティングから抜け出し、ターン1でインサイドへと飛び込もうとしました。フランキッティはイン側へとマシンを寄せ、佐藤はコース内側の白線を横切るところまでラインを下げざるを得ず、ここでタイヤがグリップを失い、外側のウォールにクラッシュ。フランキッティは通算3回目のインディ500優勝。このレースでの悔しさがあったからこそ、佐藤は5年後の2017年にインディ500初優勝を飾り、更に経験を重ねたことで、2020年には2勝目をマークしました。
文:天野雅彦
