
ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿(HRS)は、F1を目指す若き才能にとってキャリアの第一歩ですが、育成は卒業で終わりではありません。
F1を目指す若手ドライバーにとって、ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿(HRS)は、まさにキャリアの第一歩となる存在です。しかし、このスクールを卒業することはゴールではなく、育成ステップのスタートです。
F1で90戦を戦い、Hondaエンジンでインディ500を2度制した佐藤琢磨は、モータースポーツの世界で頂点を目指すために何が必要かを熟知しています。日本人として数少ないF1表彰台経験者である佐藤は、現在もHRCのエグゼクティブ・アドバイザーおよびHRSのプリンシパルを務めながら、インディ500に挑み続けています。
佐藤は2025年の第109回インディ500で2番グリッドを獲得し、48歳になった今もなお世界の頂点で戦えることを証明しました。その佐藤が語る「若手に必要な資質」は、単なる速さだけではありません。
「速く走れることは大切ですが、レースはチームで戦うスポーツです。ドライバーには、周囲と協調しながら良い環境を築く力が求められます。ドライバーはチームの“原動力”となって、皆を同じ方向に導いていかなければなりません。それができる人こそ、偉大なドライバーだと思います。マシンを速くするのはチームの力であり、クルマの限界以上には走れませんから」と佐藤は語ります。
F1やインディなど世界最高峰の舞台を目指すには、技術的な理解、フィジカルの強さ、コミュニケーション力、そしてスポンサーとの関係づくりも含めた総合的な能力が求められます。こうした多面的なアスリートを育てるには時間がかかりますが、佐藤はその挑戦に手応えを感じています。
「HRSでは、単に運転技術を教えるのではなく、長期的な視点での準備が大切だと考えています。心の持ちよう、将来を見据えた姿勢──それらすべてが経験を最大限に生かす鍵となります。
速いだけでなく、人としての魅力を備えたドライバーを育てたい。Hondaの代表として、日本やモータースポーツ界の代表として活躍できるような存在になってほしい。それが私たちの目指すところであり、いつかこのプログラムを卒業したドライバーたちが、世界の舞台で勝てる存在になってくれることを願っています」

佐藤自身も、1995年に創設された鈴鹿サーキット・レーシングスクール フォーミュラ(SRS-F、現HRS Formulaクラス)の出身です。1997年にスカラシップを獲得し、2002年にF1デビューを果たしました。
2001年にイギリスF3でチャンピオンを獲得した佐藤は「スクールを卒業できたことが本当にうれしかったですね」と振り返ります。「20歳当時はカート歴は半年だけでほぼ未経験でした。そんな中でスクールに入学して、カートで15年のキャリアを持つライバルたちと競い合うことになりました。スクールのプログラムが、自分にチャンスを与えてくれたんです」
現在も、その育成の流れは受け継がれています。ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)所属の若手たちも、HRSからヨーロッパへと羽ばたいています。
これまでにF1で3回のフリー走行に出走し、スーパーフォーミュラでも戦っている岩佐歩夢は、Honda育成ドライバーとしての実力を示した好例です。岩佐は2020年にフランスF4選手権を制し、2025年にはスーパーフォーミュラのタイトルも獲得しました。荒尾創大と野村勇斗も2022年にフランスF4へ参戦し、荒尾は総合3位、野村は7位を獲得しています。さらに野村は2025年にスーパーフォーミュラ・ライツで18戦中12勝という圧倒的な戦績でタイトルを獲得し、2026年はスーパーフォーミュラへステップアップを果たしました。加藤大翔は2024年にフランスF4のタイトルを獲得し、2025年は佐藤凜太郎、2026年は土橋皇太が同シリーズへ参戦します。
加藤はカート時代、経済的な壁に直面していたものの、HRSでの活躍によってスカラシップを獲得し、レースを続けるチャンスを掴みました。趣味は書道。静かな筆運びに集中する時間は、レースの緊張感の中でも落ち着いて状況を見極める力に繋がっているのかもしれません。
そんな加藤は、HRSでの初めてのフォーミュラ体験をこう振り返りました。
「先生方がスーパーフォーミュラの現役ドライバーだったのが印象的でした。HRSではクルマの操作、タイヤのウォームアップ方法、荷重移動を使ったドライビングテクニックなど、本当に多くのことを学びました」
加藤は2025年にフォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン・チャンピオンシップ(FRECA)に参戦、各国のF4等で活躍を遂げてステップアップしてきたライバルたちが常時25台以上も出場する激戦の中で、加藤はランキング7位でシーズンを終えました。またマカオGP フォーミュラ・リージョナル・ワールドカップでは5位を獲得し、2026年フォーミュラ・リージョナル・中東トロフィー(FRME)の第3戦では初勝利を飾りました。
FRECAやFRMEでは、HRSやフランスF4と異なり、マシンのセットアップを自由に調整できる点も大きな学びのひとつです。加藤は移動中の車内などでも、佐藤からデータ解析やセッティングに関するアドバイスを受けることもあり、その距離の近さが育成のきめ細かさを物語っています。
加藤は「『自分がドライブするなら、こうするかな』といった意見をくれるんです。自分でセットアップを変えるのは初めてなので、本当に助けてもらっています」と語ります。
佐藤は「最終的な判断はドライバーとエンジニアで行うべき」としつつ、「経験をもとにヒントを与えられたら」と語ります。
「彼自身が状況をよく把握していることが重要です。ドライバーがエンジニアと直接コミュニケーションを取ることを望んでいます」と佐藤は続けました。
「自分の経験からサポートするだけです。何か気づいたことがあれば、できる限りアドバイスするようにしています。大翔や若いドライバーはデータの見方を知らないため、気づかないことがあります。走行中に何が起こっているかを理解しようと努め、サポートしています。ですから、何が必要なのか?もっと速く走るために必要な要素は何か?と、時間は限られていますから、データを効率的に比較する方法を彼に教えています」
さらに、佐藤は精神面でも大きな支えとなっています。たとえば、加藤がハンガロリンクで苦戦した週末には、佐藤から「結果にとらわれず、ただベストを尽くすことに集中しよう」と声をかけられ、加藤は「そのおかげで、レースでリラックスして走ることができました」と振り返ります。

佐藤は「HRSを卒業したあとは、日本国外での生活を経験しヨーロッパの文化に触れてほしいと思っています。英語は必須ですが、それ以外にも多くを学ぶことが重要です」と話します。
実際にフランスに住みFRECAに挑戦した経験は、加藤にとって非常にポジティブなものになっています。日本のフォーミュラを経験していないため、チームとの関わり方などを直接比較することはできませんが、加藤はサーキットの外でもARTのチームメンバーと多くの時間を過ごしており、「まるで家族のようです」と語ります。
佐藤は「HFDPとしても、FRECAは若いドライバーが学び、成長するための素晴らしいプラットフォームだと考えています。走行時間が非常に限られている中で、FIA F3に挑戦する前に経験を積むには最適なカテゴリーです」と語ります。
加藤は現在、英語に加えてフランス語も学習中。英語はフィリピンで1ヶ月の集中プログラムを経て身につけたといいます。
「まだ勉強中ですが、毎日使うように心がけています。日本にいる時は毎日英語を使う機会がなかったので、英語を学ぶのはとても難しかったです」

HRCは、F1やインディカーといったトップカテゴリーのシングルシーターに加え、IMSAスポーツカー選手権のGTPクラス、日本最高峰のスーパーフォーミュラやSUPER GTなど、幅広いカテゴリーで活動しています。HFDPドライバーにとって、将来の選択肢は非常に豊富です。
それでも加藤は迷うことなく、F1という世界最高峰の舞台を見据えています。
「今の目標は日本ではなく、ヨーロッパでF1を目指すことです。F1で鈴鹿を走ることが僕の夢です! F1で勝って、チャンピオンを獲れたときに、ようやく自分に誇りを持てると思います。まだその段階にはありませんが、目標に向かって諦めずに努力し、F1ドライバーになりたいと思っています」
挑戦を続ける加藤のような次世代の才能が、レーシングドライバーとして成長するために必要なことを幅広く学べるよう、HFDPは手厚いサポートを提供しています。加藤は「HFDPで得た経験や人とのつながりを、今後も大切にしていきたいです」と、感謝の思いを語ります。
佐藤は、そうした加藤の姿勢を、ごく自然なこととして受け止めています。「このプログラムは、夢を叶えるための環境が整っています。自分自身でチャンスを作り出し、掴んでほしいです」
加藤は2026年、HFDPの支援のもと、FRECAからFIA F3へステップアップし、引き続きARTグランプリから参戦しています。オーストラリアでのシーズン開幕戦ではいきなり表彰台を獲得し、存在感を示しました。
HRCの支えを受けながら、加藤をはじめとするHFDPドライバーたちは、これからも世界に羽ばたいていくことでしょう。佐藤は、最後にこう言葉を添えました。
「成功するために大切なのは、何よりもその“姿勢”です」



























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