【ダカール2023特集⑤】CRF450RALLYに見るダカールラリー
8,000kmを超える距離をとてつもないアベレージスピードで走るダカールラリーのマシン。形こそ日本の公道を走れるCRF250RALLYに似ていますが、中身は全くの別物です。
2013年の挫折をバネに誕生した究極のファクトリーオフロード
Team HRCがダカールラリーに24年ぶりに戻ってきた2013年。ライバルたちに立ち向かうために用意したマシンは、クロスカントリーマシンの市販車CRF450Xをベースに仕立て上げたCRF450RALLYでした。Honda独自のSOHCシステム"ユニカム"のエンジンを使用し、各部をラリー向けにモディファイしたものの、初年度はパワー不足に悩まされました。そこで、「これではダメだ」と意を決して製作したのが、2014年から投入された新型CRF450RALLYでした。
姿形こそほとんど変わらず、ベース車両にも前年モデルを投入しているものの、その中身は全く同じところがないオールニューマシンでした。2010年台、ファクトリーバイクという存在は「最終的に市販車へフィードバックするもの」という前提がありましたが、2014年のCRF450RALLYはダカールラリーで勝利をつかむためだけの存在として作られました。エンジンはHondaオフロードレーサーとしてのセオリーを覆すDOHCヘッドを採用し、高回転・高出力に対応。新世代のラリーマシンとして製作されたアルミフレームに、車体上部を通る吸気経路。そして南米で行われていたダカールでとても大きな障害となっていた高地の酸素濃度にすぐさま対応するためのPGM-FI(電子制御燃料噴射装置)など、2023年の現行CRF450RALLYにまでそれらは引き継がれています。
このCRF450RALLY、今のダカールを知るにはうってつけの題材とも言えるのです。
8000km超を走りきる現代のレーシングエンジン
かつて、ダカールラリーを走るファクトリーバイクはレース中のエンジン交換を前提としていました。2世代目のCRF450RALLYがダカールでデビューした2014年には、レース中のスペアエンジン交換1回に15分のペナルティー、2回目には45分のペナルティーが加算される新レギュレーションがありました。ほとんどのチームがレストデイにスペアエンジンへの交換を行っていたのですが、この年Team HRCはレース期間中1度もエンジン交換をせず南米ダカールラリーを走り切ることに成功します。例えばモトクロッサーであるCRF450Rのピストン、ピストンリングは15時間毎の交換が推奨されているほど神経質なのですが、2021年からピストン交換にもタイムペナルティーが科されるようになったほど、この8年の間にダカールマシンの耐久性は向上しました。
ちなみに2022年大会からダカールラリーはFIM世界ラリーレイド選手権の1戦に組み込まれたことによって、FIMの騒音規制が適用されるようになりました。2mMAX方式(音量測定の方式。車両の右後方2mの位置で測定)で118dB/A以下の音量規制を毎日パスする必要があり、サイレンサーやエキゾーストはこれに対応するものになっています。
なお、先程2014年には勝利だけを目指したマシン製作を行ったと書きましたが、現在ダカールを走るCRF450RALLYで培った技術はHondaの市販車にフィードバックされています。CRF250RALLYのカウルにはラリー同様の整流テクノロジーを導入し、高速道路などを走るライダーを風圧の疲労から守っています。
昔は水が入っていた……? スイングアーム
ダカールラリーにはレースを走り切るだけでなく、砂漠や荒野でサバイバルするためのレギュレーションが盛り込まれています。たとえば予備の水を積載することは開催当初から今も続いているレギュレーションで、過去のCRF450RALLYはスイングアームが予備の水タンクになっていたものもあります。できる限りスペースを無駄にしたくないための施策で、実はラリーマシンの製作においては常套手段だったのです。中にはこのスイングアームの水を軽量化のために入れていかないチームも出てきたことから、抜き打ち検査もあったとか。
あくまでエマージェンシー用なのですが、実はこのスイングアームの水で実際に生き延びたHondaライダーも過去にはいました。「スイングアームの水を飲んだことで死ぬんじゃないかと思うほど、不味かった」との逸話が残っています。スイングアームの水タンクは抜き打ち検査の時に手間がかかったそうで、今はカウル内に専用の水タンクが設けられています。
2014年のCRF450RALLYのカウリングはほぼフルカーボンだったのですが、アップデートされていくうちにそのほとんどが樹脂製へと置き換えられていきました。カーボンは強度では勝るものの、使用する場所によっては割れやすかったのです。今ではカーボンを使っているのはリアセクションや、ラリータワーのみとなっています。また、ボルトをクイックファスナーに置き換えていったことで整備性がどんどん上がっていったのも特徴です。
シートは各ライダーにあわせて、形状やスポンジフォームを変更しています。時にはシートメーカーのスタッフが現地まで赴き、テストでフィードバックを受けながら開発を行っています。
ナビゲーションを司るラリータワー
ダカールラリーになくてはならないのが、ラリータワーです。ナビゲーションのための計器やロードマップ(コマ図)を収納するマップケースが納められており、これが壊れてしまうとナビゲーションに多大な支障が発生するため、大きくリザルトをロスしてしまうことになります。
真ん中にあるケースがマップケースです。紙のコマ図を電動ローラーで巻き取る仕組みになっており、左手にあるトグルスイッチで巻き進めて使います。マップケース上にある2つの計器がラリーコンピューターと呼ばれるもので、一つはトリップメーター、もう一つはカップ(方位)メーターとして使います。マップケース下にある同じような計器もラリーコンピューターですが、これは主催者から配布されるもので実際にはスペアとして利用します。これらもマップケース同様に左手にあるスイッチで操作するようになっています。ルートを間違えた場合は、スイッチでトリップメーターを戻すことも可能です。
このラリータワーも昔はアルミ製でしたが、2022年のCRF450RALLYではカーボン製のモノコックボディになり丈夫で軽量なものになりました。ですが、2023年はデジタルロードブックに変更されるため、タブレットを装着するシステムに変更されます。そちらも注目しましょう。
特集Index
1.Monster Energy Honda Team2022年の戦いを振り返る
3.ダカールをもっと楽しむために Part1:あなたの知らないダカールラリー
4.ダカールをもっと楽しむために Part2:実はおもしろいレギュレーション学