
Honda RTL ELECTRIC。その名の「ELECTRIC」が示す通り、歴代のHonda製競技用トライアルマシンシリーズ「RTL」の電動車(EV)バージョンである。2024年には全日本トライアル選手権(JTR)の3戦に実戦テストとして参戦し、今年2025年はトライアル世界選手権(TrialGP)のTrial2クラスに全戦参戦を果たした。
前編では、JTR3連勝から始まったEVトライアルの世界への挑戦が、Trial2クラス開幕戦でまさかのノーポイントという壁にぶつかり、そこからマップの大幅な方向転換と「懐の深い」セッティングへの移行、そして第2戦ポルトガルでの優勝につながるまでのプロセスを追った。
後半も引き続き、二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部の秋吉洋行と深尾祐介が語ってくれた貴重な開発秘話を紹介する。
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全日本トライアル選手権(JTR)も準じているFIM※のルールでは、60V以下をタイプA、それより大きいものをタイプBと区分している。電圧が高いタイプBのほうが高出力を出しやすいが、その分安全対策がより厳格になる。そのため、ヨーロッパのメーカーには市販車をタイプAとして、世界選手権に出る車両だけをタイプBで特別に作っている例もある。
Honda RTL ELECTRICは60V以下の電圧で動くタイプAである。電圧が高ければ有利になる部分もあるが、トライアルマシンとしてのバランスの最適解を求めて、使用するモーターやバッテリーなどの選択についてメーカーと綿密な相談と計算を重ね、実現可能な最善の組み合わせを導き出した。
秋吉「基本的にはPC上でシミュレーションを行い、高い精度で検証できます。このへんもエンジン車の開発とは違うところかなと思います。Hondaはエンジン車の開発経験が長いですから、かなりのところまで決めていけるのですが、経験がなければ難しいんですね。一方、EVは大体がシミュレーションできます」
トライアルマシンには、出力、航続時間、大きさ、重量、そのすべてのバランスが求められる。特にEVでのトライアルでは岩などにアンダーガードを激しく打ちつけるため、その衝撃でバッテリー内部のセルが異常をきたす可能性がある。単に軽ければよいというものでもなく、耐久性も重要なのだ。この衝撃からセルを保護するバッテリーケースの設計も大きな課題であった。
深尾「バッテリーの形状も、サプライヤーさんが頑張ってくれました。担当者ともすごく密にミーティングを重ねて、本当にボルト一本をどこに配置するかの検討からやっていきました。ボルト一本のわずかな位置の違い、あるいは一本減らすだけで、全体がだいぶ変わってくるんです」
※ FIMとは、Fédération Internationale de Motocyclisme(国際モーターサイクリズム連盟)の略称

開幕戦で出鼻をくじかれたものの、その後ミケールは好調さを発揮し、ランキングトップに着実に迫っていった。しかし、シーズン終盤にはいくつかのノーポイントレースがあったため、戦いは困難を極めた。
秋吉「トラブルが発生して、レースの途中で止まってしまったんです。簡単な話ではないものの、試作段階でまだまだ煮詰めきれていない部分があった、ということだと思います。2024年はJTRに3戦のみ出場して、そのスパンも半年以内でした。ですが、2025年は1年かけて、走行時間も大幅に増えて、走る場所も多種多様でした。出るものが出た、と言ってしまっては申し訳ないのですが、そんな中で、どうしても弱いところが出てしまいました。それが終盤に表面化したのだと思います」
第6戦アメリカ大会の1日目、レース1では失格となった。これもトラブルに端を発したものだった。開発スタッフはレースが始まったら、ライダーと運営スタッフにすべてを任せるしかない。また、電動マシン1年目ということで、運営スタッフも充分な成熟期間がなかったのは否めない。
秋吉「トラブルシューティングの仕方を誤った、というイメージですね。レース1で故障して、バッテリーを交換しなければ走れなくなった。規則では、バッテリーはここで交換しなさい、という場所が決められているのですが、それ以外の場所で交換してしまった、というのが失格に至った経緯です」

EVにおけるバッテリーのトラブルというと、エンジン車に例えれば、吸気系のトラブルということになるだろうか。あるいは、ガソリンタンクに穴が開いたとか、もしかすると、ガソリンそのものの不良に該当するかもしれない。いずれにしても、かなり致命的である。
秋吉「正確にはバッテリー自体の故障ではなく、他のトラブルの影響で電気を出せなくなったという状態でした。やはりなかなかうまくいかなかった、ということでしょうか」
EVはバッテリー交換を制限されているが、エンジン車にも競技中のガソリン補給は禁止されている。その意味では、EVとエンジン車ではフェアといえる。ただし、ガソリン漏れならパドックに戻ってガムテープや補修材などで応急処置ができるのに対し、EVのバッテリーはこういった対応ができない。これが現時点でのEVの弱点かもしれない。
深尾「あのノーポイントは本当に痛かったです。その後もトラブルで止まってしまってノーポイントというのがあったんですが、ミケールには本当に申し訳ないことをしてしまいました」
秋吉「本当に、このあたりのレースである程度結果を残せていたら、結果は違っていたと思います。惜しいといえば本当に惜しい結果ですが、レースの運営サイドもこのマシンを扱うのが1年目だった、という事情もあったかと思います。元をたどれば、トラブルを起こすことが問題なのですけど。レース運営サイドも、結構人的トラブルがありました。チーム員がケガをしたり、カゼをひいたり、監督が代役でアシスタントを務めたりもしていました」
Honda Montesaのチーム監督のカルロス・バルネダは、藤波とは長くライダーとマインダーの関係であり、藤波のJTR参戦時にもアシスタントを務めた。藤波とは百戦錬磨の頼もしい間柄ではあるが、Honda RTL ELECTRICについてはまだ経験が必要だったのかもしれない。

1年目のTrial2クラスを終え、気になるのは今後の予定、とりわけ来年2026年の活動方針だ。
秋吉「いえ、来年も活動は続く、というようなブレイクダウンは受けていないですね。ただし我々は、1年でやめることはないと思っています。たぶんどこかのタイミングで、2026年シーズンについての発表があると思います。既にいろんなメーカーがEVを出していますし、Hondaとしても全カテゴリーでトップを走るというスタンスでやっているはずなので、チャンピオンを獲得できなかったまま、ということでは終わらないと思います」
次シーズンの話はまだなにも分からないものの、もしチャンピオンになるまでやめないとすれば、戦いの舞台は2025年同様Trial2クラスとなるだろう。では、仮に今のマシンそのままで、ミケールがTrial2クラスからGPクラスにステップアップしたらどうなるのだろうか。
秋吉「実際にレース参戦となると、単純なライダーの実力やマシンの性能以外にもいろんな要素が絡み合ってくるので一概には言えませんが、今年、GPライダーと一緒に練習するのを見ていて思うのは、セクションによってはGPライダーと遜色ない走りをみせる場面もあります。元々ミケールはGPクラスを走っていたライダーですから、そうおかしな順位にはならないのではと思います。上り調子のRepsol Honda HRCのガブリエル・マルセリ(2025年ランキング3位)と互角とまでは言いませんが、ミケールの弟には負けないくらいには走ってくれるのではないでしょうか」
ここで言う弟とは、アニオル・ジェラベルト選手のことだ。兄ミケールのデビューから数年後にTrialGPに参戦し、現在はGPクラスで活躍している。
深尾「ミケールはシーズン終了後も結構乗り込んでいるんですが、どんどんうまくなっているように見えます。やっぱり相当うまいライダーだなと思います」

2026年が間近に迫る中、さらに将来的な話については、開発者たちはどう考えているのだろうか。
秋吉「個人的な意見ですが、トライアル競技においてEVに優位性があるのは証明されつつあると思います。特に小さい子ども用マシンでは、バッテリーのサイズを変えて、重量調整をしたりできます。運ぶ際にもトランスポーターに入れやすい。カタチだけではなく、トランスポーターの中にガソリン臭がこもらない、など性能面以外にも、メリットはいろいろあります」
トップを獲得するまでやめないHondaのレーシングスピリット。エンジン車ではRepsol Honda HRCのトニー・ボウが圧勝を続けているが、今度はEVでも、という2本ラインが確立されるのだろうか。
秋吉「というか、個人的には、近い将来にはトニーさんもEVに乗ることになるんじゃないかな、そうなってほしいなと思っています。もちろんまだまだ具体的な話ではありませんが、我々の個人的希望として、そういう未来が近いうちに来てほしいなと思っています」
EVチャレンジは、始まったばかり。夢はこれから、どんどん大きく広がっていくだろう。
