HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー 2025~野村勇斗~『SFLチャンピオン、その先へ』
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HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー 2025~野村勇斗~『SFLチャンピオン、その先へ』

野村勇斗は2021年度SRS-F(鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラ、現HRS鈴鹿=ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿)を受講し、成績優秀者としてスカラシップを獲得。翌2022年にはフランスF4選手権に挑戦し、シーズン2勝を挙げてランキング7位に入った。

2023年には日本のFIA-F4選手権に転進してランキング4位、2024年も同シリーズで7勝を挙げ、最終戦を待たずにシリーズチャンピオンを獲得している。

そして「2025年はスーパーフォーミュラ・ライツ(SFL)にステップアップしたい」という夢を見事に叶え、第7戦岡山から怒涛の8連勝、3レースを残してシーズンチャンピオンを確定させた。最終戦でも圧巻の3連勝を飾った野村は、デビューイヤーにして年間12勝(SFL史上最多勝タイ)、勝率67%という圧倒的な成績を残してシーズンを締め括った。

さらにSUPER GT・GT300クラスではTEAM UPGARAGEから出場し、第3戦のセパンではポール・トゥ・ウィンを達成。スーパー耐久シリーズでもTeam HRCからST-Qクラスに第5戦より参戦し、クラス最多周回数を記録するなど、カテゴリーをまたいで存在感を示している。



レース前に美容室で髪を整える。それは、今シーズン岡山で勝ち始めた頃から続く野村勇斗のルーティンだ。「岡山の前から髪を切るようになったんです。最初はたまたまだったのですが、勝ち始めてからは“もう切るしかないな”と思って。それ以来、ライツのレース前は必ず切るようにしています」と笑う。験担ぎは軽やかでも、走りへの姿勢は一貫して真剣だ。

「チャンピオンを獲得できて本当に嬉しかったです。9月にシリーズ優勝が決まって、すぐにSUPER GTの方に気持ちを切り替えました。GTは車両も走り方も全く違うので、オンボード映像を見ながら頭を切り替えるようにしています。映像はほぼ毎日見ています。ベストラップを中心に何回も見ていると、『ここはもう少し変えられるんじゃないか』というアイデアが湧いてくるんです。スーパーフォーミュラやF1をはじめ、育成カテゴリーなど、他カテゴリーの走りもよく観ています。それぞれのドライバーに個性があって、自分のスタイルを見つめ直すきっかけになりますね」

SFLのようなエアロ系のクルマでは、前を走ることの優位性を冷静に理解している。

「前に出たら、ミスをしなければ抜かれないという意識です。SFLは空力の影響が大きく、前の車に近づくと接地感がなくなります。今まで全開で行けていたコーナーでも、後ろにつくと急にふわっと浮いたような感覚になるんです。だから『抜いてみろ』という気持ちで構えていました。焦るとタイムにも影響するので、常に落ち着いてレースを作るようにしています」



肩で読むグリップ

野村のドライビングを支えているのは、繊細な感覚の鋭さだ。カート時代から、路面の変化を体で感じ取る力を磨いてきたが、フォーミュラへ転向して以降、その感覚をさらに精密に研ぎ澄ませてきた。好みはフロントが素早く向きを変え、リアを自らの操作でコントロールできるクルマ。タイヤの摩耗を抑えながら最大限にグリップを引き出す走りが持ち味だ。

「今年はタイヤのたわみまで体で感じ取れるようになってきました。腰というより、肩で感じるタイプです。G(重力加速度)で体が横に振られる時に『これ以上行くと滑る』とわかるんです。カート時代はサスペンションがないので全てがダイレクトでしたが、フォーミュラカーは足回りが複雑で、感覚が掴みにくいです。それでも、今年はようやくたわみを読む感覚を掴めるようになったと思います」

フィジカルトレーニングの方法にも、野村らしい独自の工夫がある。筋肉がつきやすい体質であるため、過度な筋力トレーニングよりも実際の走行による鍛錬を選んでいる。

「自分で所有しているOKクラスのカートで練習しています。ハイグリップタイヤを履いて走ると首や肩がしっかり鍛えられますし、スピード感もSFLに近いので。ロードバイクにもよく乗ります。心肺を鍛えながら楽しめるので、自分には合っていると感じています」



予選で光るセットアップ力

B-MAX Racing Teamのエンジニアと1対1で取り組むようになったことで、車づくりへの理解が一気に深まった。サーキット内外での密なやりとりは、予選での速さにもつながっている。HRS鈴鹿の佐藤琢磨プリンシパルも「予選が良くなった」とその成長を評価する。

野村は「エンジニアにマンツーマンで何でも相談できる環境で、エンジニアの方もとても明るい方なので、話しやすいです。予選の車は、1周だけ速く走れればいいと割り切り、極端なセットアップにすることもあります。決勝は逆に何十周も持たせられるよう安定性を重視します。予選と決勝でまったく異なるセッティングをエンジニアと相談して作っています」と語る。

その柔軟さの背景には、HRS鈴鹿で講師を務める経験がある。スクールでは、生徒の基準となる走りを示すため、限界を見極めながらも安定したドライビングが求められる。日々その“基準の走り”を体現することで、ドライビング技術と感覚の精度がさらに向上した。

「スクールカーは優しめのセッティングですが、少し操作が乱れるとすぐリアが抜けます。実は、あの車が一番コントロールが難しいと思っています。先導役としてスクールカーに繰り返し乗ることで、ステアリングの丁寧さやグリップを感じる力が磨かれました」



克服したスタートと、次の挑戦

SFLでは7戦目から8連勝を飾ったが、序盤ではスタートに課題があった、と振り返る。

「スタートを決めるために、専有走行で何度も練習しました。回転数やクラッチを数字で決めるのではなく、路面の状態に合わせて感覚的に合わせるようにしています。HRS鈴鹿の講師でもある大津弘樹アドバイザーから、『スクールでも同じ手順でやらなきゃダメだ』と指導していただきました。自分なりにルーティン化することで、ようやくスタートが安定してきました」

SFLタイトルを決めた今も、内に秘める闘志は変わらない。勝負の世界で生きる野村の原動力は、幼いころから変わらぬ“負けん気”だ。

「私は非常に負けず嫌いな性格です。表では仲良く話していても、心の中では『絶対に負けたくない』という気持ちがあります。小学生の運動会のころからずっとそうでした。勝ちにこだわる姿勢は、レースを志す若手にも伝えたいです」

その情熱の矛先は、すでに次のステージへと向かっている。

「来年はスーパーフォーミュラに挑戦したいです。野尻(智紀)さんと戦ってみたいです。スクール時代に多くを教えていただき、尊敬しているので、今度は同じ舞台で勝負したいです。私はもともと内気で、人と話すことがあまり得意ではないのですが、これからはミハエル・シューマッハやマックス・フェルスタッペンのように周囲を巻き込みながら自発的に環境を整えられるように、コミュニケーション力も鍛えていきたいと思っています」



■指導者たちが語る、野村勇斗の成長

野村を中学1年生のカート時代から見てきたという大津アドバイザーは、次のように語る。

「野村選手は、群を抜いて優れたドライビングセンスと人間性を兼ね備えていると思います。私はドライビングコーチとして、またチームと本人の橋渡し役も担っていましたが、野村選手は人懐っこい性格で、打ち解けるまでに時間はかかりませんでしたし、コミュニケーションも円滑に取ることができました。本人は自分を内気な性格だと思っているそうですが、私から見れば、2024年にFIA-F4でチャンピオンを獲得した頃から積極的になり、大きく変わっていったように感じます。武藤英紀監督がチームを作り上げていく中で、私もその一員として関わっていますが、野村選手にとって非常に充実した環境になっていると思います」



HRS鈴鹿の講師として野村を指導した野尻選手は、当時からその非凡な感性に注目していたという。

「最初にスクールで会った頃から、非常に丁寧にクルマを走らせる印象がありました。身体のセンサーの使い方が独特で、他の人にはない感覚を持っているなと思いました。最近ではフォーミュラカーの走らせ方に加えて、メカニカルな知識もかなり身につけてきていて、若いのに完成度が高い選手です。SFL初年度でチャンピオンを獲得するというのは本当に難しいことですが、それをやり遂げたのは素晴らしいですね」

また、野村が“肩でグリップを感じ取る”という独特の感覚についても、野尻選手は共感を示した。

「その表現はあながち間違いではないと思います。私自身もクルマのロール感やGのかかり方を、体の動きで感じ取っています。力を入れてしまうとその微妙な動きが分からなくなってしまうので、なるべく力を抜いてしなやかに構えるようにしています。そうすると、車体の動きや限界をより繊細に感じ取れるんです」

野村がチームのエンジニアと1対1で学んでいることについて、ドライビングテクニック以外の技術面でどのようなアドバイスを送るかを尋ねると、野尻選手は理論的な探究姿勢の重要性を強調した。

「どんな物事も、一方向からの理論だけでは成り立ちません。目の前で起きている現象が本当にその理論に基づいているのかを突き詰めて考えることが大切です。そこを曖昧にしてしまうと応用が利かなくなってしまうので、エンジニアとともに原因を深く掘り下げることが必要だと思います」

そして、もし今後スーパーフォーミュラで直接対決する日が来たら?という問いには、冷静にこう答えた。

「やるだけやって負けるなら、それはもう仕方がないと思っています。大切なのは、その中で自分を見失わないことです。勝負の世界では、“やる気”と“やりすぎてはいけない部分”とのバランスを取ることが大切だと思います。野村選手のような若い世代が挑んでくるのは刺激になりますが、だからこそ自分も俯瞰して臨みたいと思います」

野尻選手の言葉からは、野村の才能を早くから見抜いてきた指導者としてのまなざしと、若手の成長を見守るベテランの温かさが感じられた。

経験豊かな指導陣、そしてエンジニアとともに築いた充実した環境の中で、確かな成長を遂げた野村勇斗は、次なる頂を見据えている。