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HRCによる「グランツーリスモ」eモータースポーツイベントが開催。レーシングチームが情熱を注ぐワケ

HRCによる「グランツーリスモ」eモータースポーツイベントが開催。レーシングチームが情熱を注ぐワケ

株式会社ホンダ・レーシング(HRC)が、レーシングゲーム『グランツーリスモ7』を使用したeモータースポーツイベント「Honda Racing eMS 2023」を開催。ライバルメーカーであるトヨタやマツダなどによって、すでにeモータースポーツイベントが開催されている中、Hondaがeモータースポーツ業界に参入するタイミングは、決して早いとは言えません。HRCは、なぜこのタイミングで大会開催に至ったのか? その目的は何なのか? 「eMSプロジェクトチーム(以下、eMSチーム)」に話を聞きました。


HRCといえば青・白・赤のトリコロール
HRCといえば青・白・赤のトリコロール

畑違いの4人が集まり産声を上げたHRCのeモータースポーツイベント

2023年12月10日に初開催となった、Hondaの本格的なeモータースポーツイベント「Honda Racing eMS 2023」。それは、スーパー耐久シリーズに参戦するTeam HRCの監督・岡義友の、レースへの想いから誕生しました。

2022年10月に、HondaからHRCへ異動してきた岡は、さっそく持ち込み企画を提案しました。岡は常々、レースへの参加や観戦のハードルの高さを懸念しており、より手軽に体験できるeモータースポーツに興味を持っていたと言います。eモータースポーツのイベントは、より多くの人にモータースポーツへの関心を持ってもらえる機会になるのでは? モータースポーツへの参戦のハードルを下げて、すそ野拡大の一助となりたい。それがレースを生業とするHRCの使命となるのではないか? と考えたのです。しかし、企画を提案した当初は、社内に「ゲームとリアルは違うのでは?」「HRCはレース屋だよ」といった懐疑的な声もありました。


チームリーダーである岡は、スーパー耐久に参戦するTeam HRCの監督も務める。シーズンが終わって落ち着いた今は、洗車やジム通い、ゲーム「フォートナイト」をやりたいそう
チームリーダーである岡は、スーパー耐久に参戦するTeam HRCの監督も務める。シーズンが終わって落ち着いた今は、洗車やジム通い、ゲーム「フォートナイト」をやりたいそう

岡:リアルなレースを生業とし、結果も残してきたHRCだからこそ、そうした反対意見が出るのは自然ですよね。それでも、モータースポーツの未来を考えるとeモータースポーツとの共存は無視できない。約1年かけて上層部に何度も掛け合い、ようやくプロジェクトを始動させることができました。

なんとかチームの発足に漕ぎつけたものの、当初、メンバーは岡一人だけ。そこで一緒にプロジェクトを推進してくれるメンバーを探し始めます。最初に声を掛けたのは企画畑一筋の泉智彦でした。


2022年4月にHRCに異動してきた泉。イベントでの協力会社らとの対外的な交渉などを行う
2022年4月にHRCに異動してきた泉。イベントでの協力会社らとの対外的な交渉などを行う

泉:私はもともと青山で事務方をしていました。HRCに異動となり、研究所文化に触れたことがなかったため「畑違いの自分に、しかも異動してすぐにこんな誘いがあるなんて」と驚きました。技術畑をトップに据えて営業畑と二人三脚でプロジェクトを推進するのもHondaらしいですよね(笑)。

次にメンバーとして加入したのはレース部品の調達業務に従事する菊池快です。彼は幼少期からラジコンを趣味とし、腕前は全国レベル。さらに「グランツーリスモ」の世界大会でも活躍するeスポーツプレイヤーです。それを聞きつけた岡は、菊池を誘うことに。偶然にも社内にeスポーツのエキスパートがいたことが、プロジェクトの推進を加速させることになります。


幼少期からクルマが好きだという菊池。どんなに深夜であっても、F1をフリープラクティスから決勝までリアルタイムで観戦することをやめられないというモータースポーツ好き
幼少期からクルマが好きだという菊池。どんなに深夜であっても、F1をフリープラクティスから決勝までリアルタイムで観戦することをやめられないというモータースポーツ好き

菊池:eモータースポーツはあくまで趣味だったため、それを社内で知っている人は少なかったです。一方で、eモータースポーツ界隈では、私がHRCで働いているのを知っている人はたくさんいたので「Hondaでも大会をやらないの?」と聞かれることは多々ありました。なので、この話をいただいたときは今後の展開に期待した反面、趣味の活動であっても会社の代表として見られる可能性があり、自制心を持たなければと気を引き締めました。

岡と泉はeモータースポーツに関してはゼロスタート。チーム始動から約1年、スピード感を持ってプロジェクトを進められたのは、菊池のeモータースポーツへの知見が大きかったと言えます。


チームの作業部屋にはレーシングシミュレーターセット(ゲーム機に接続するコントローラーデバイス)を含めたプレイ環境が2台。ゲーミングPC(左)とPlayStation5(右)が接続されており、多様なゲームをプレイできる環境が整っている
チームの作業部屋にはレーシングシミュレーターセット(ゲーム機に接続するコントローラーデバイス)を含めたプレイ環境が2台。ゲーミングPC(左)とPlayStation5(右)が接続されており、多様なゲームをプレイできる環境が整っている

社内にシミュレーターセットを用意したのは、ゲームの分析の他、社内の上層部にeモータースポーツの魅力を体験してもらうためでもありました。その甲斐もあってか、社内で、eモータースポーツに興味を持つ人が着実に増えているそうです。

4人目のメンバーである榮永宏子は、eMSチームに加入するまではゲームのコントローラーすら触ったことがなかったという女性。ゲームファン以外の視点の必要性を感じた岡が、白羽の矢を立てたわけです。


ゲームに馴染みがなかった榮永だが、今は「グランツーリスモ」の面白さを実感している
ゲームに馴染みがなかった榮永だが、今は「グランツーリスモ」の面白さを実感している

榮永:モータースポーツ自体もそれほど知らなかったんです。でも、秘書室時代にモータースポーツ担当役員秘書になってからレースに興味が湧いて、サンマリノやチェコまで観戦に行くようにもなりました。加入の経緯は、ある日、岡さんから「ちょっと作業部屋に遊びにおいでよ」と誘われて……。いつの間にかチームのメンバーになっていました(笑)。eMSチームに参加してからレースゲームをプレイするようになって、たくさんの人が夢中になる理由がわかりました。手軽に本格的なレーシングマシンを操ることができて、メイン層の成人男性から女性や子どもまで幅広く楽しめるのもいいですよね。


「楽しいアイデアを生むため、遊び心を忘れたくない」という想いから、チームの作業部屋の一角には、ミニカーやスーパー耐久の部品、トロフィー、イベントポスターが
「楽しいアイデアを生むため、遊び心を忘れたくない」という想いから、チームの作業部屋の一角には、ミニカーやスーパー耐久の部品、トロフィー、イベントポスターが

eMSチームのスタッフは専属ではありません。したがって、集結した4人は本業がありながら、並行してeMSチームの仕事もしています。いずれのメンバーもチームでの活動にやり甲斐や楽しさを見出しているからこそ、忙しい中、力を注げています。


eMSチームの作業部屋に置いてあるホワイトボード。メンバーは「落書きですよ」と笑みを見せるが、大事なアイデアノートとなっている
eMSチームの作業部屋に置いてあるホワイトボード。メンバーは「落書きですよ」と笑みを見せるが、大事なアイデアノートとなっている

モータースポーツの将来にeモータースポーツは不可欠

岡:HRCには4つの理念があります。「持続可能なモータースポーツの実現」「四輪事業への貢献」「HRCを通じたHondaブランドの拡大」「モータースポーツのすそ野の拡大」です。そしてこれらはすべて、eモータースポーツが秘めるチカラと合致するんですよ。実際に走行するには多額の費用がかかるモータースポーツですが、いろんな人に親しんでもらいたい。例えば、実物のスーパーフォーミュラのマシンにはほとんどの人が乗れませんが、ゲームの中でなら、毎日好きな時間に乗れますよね?

榮永:リアルでは乗る機会に恵まれないクルマを操れるのは楽しいですね。まず自分がクルマを持っていないと乗れませんし、ましてサーキットで走るのはハードルが高い。その疑似体験が安全・安心にできるのは本当に魅力です。世界各国のサーキットに行くのに必要なのも、ゲームのロード時間だけですし(笑)。

HRCでやるなら「エンジョイ勢」が楽しめるイベントにしたい

12月10日の「Honda Racing eMS GT Grand Final 2023」の開催にあたり、9月下旬から10月下旬にかけて『グランツーリスモ7』内でのオンライン予選を実施。すると参加者数は20万人を超えました。この時点で世界中の人たちにHRCやHondaを知ってもらう機会となったと言えます。さらに驚きなのがU17部門。まだ運転免許が取れない年齢ながら、7万5000人超の参加がありました。

岡:多くの方が予選にチャレンジしてくれてうれしいですね。参加賞として、スーパー耐久にTeam HRCで参戦中のCIVIC TYPE R CNF-Rリバリーをゲーム内でプレゼントしたのも奏功したと思います。参加プレイヤーの中には、スーパー耐久を知らない人も多くいたはず。でも、スーパー耐久リバリーをきっかけに興味を持ってもらい、そこから実際のレースを観てもらえる……かもしれない。そうなったら最高ですよ!


参加者全員にプレゼントされたCIVIC TYPE R CNF-R
参加者全員にプレゼントされたCIVIC TYPE R CNF-R

ゲーム内で乗り換えやセッティングを行うガレージ
ゲーム内で乗り換えやセッティングを行うガレージ

eモータースポーツのイベントを開催するにあたり、一つ懸念だったのが、参入が遅かったことです。そこで、eMSチームはHRCが掲げる「すそ野の拡大」「HRCの認知を高める」という目的を考え抜くことに。そしてクルマに興味が薄い層やゲームにおける「エンジョイ勢」を取り込むべく、誰でも参加できるハードルの低さをHRCによるeモータースポーツイベントのあり方としました。


11月3日、「Japan Mobility Show」の会場で『グランツーリスモ7』のeスポーツイベントを実施。当日参加のみのエントリーだったがすぐに定員となり、観戦者も立ち見客が出るほどだった
11月3日、「Japan Mobility Show」の会場で『グランツーリスモ7』のeスポーツイベントを実施。当日参加のみのエントリーだったがすぐに定員となり、観戦者も立ち見客が出るほどだった

菊池:企画当初はトヨタさんやマツダさんの大会を始めとする様々な大会を分析しました。その中でHRCがやるべき大会は何かを考えたとき、誰でも参加でき、決勝戦を行うオフライン会場は気軽に観戦に行ける場所で、という結論に至りました。決勝をウエルカムプラザ青山で行ったのはそのため。リアルのモータースポーツはサーキットまでお客さまが足を運ばないといけないのに対して、eモータースポーツイベントは制約が少なく、ある意味、我々の方から皆さんに会いに行けるのが強みだと思っています。

Japan Mobility Showのイベントでは、初心者の参加が多いと見込んで、接触ペナルティは設定せず、レースをすることの楽しさを体感していただきました。一方、予選を勝ち抜いた本格的なプレイヤーが集まる12月10日の大会は、レース審判団を設けて厳正なレース運営を行いました。レースは3種類のタイヤの使用を義務づけることで、ピットインが最低でも2回発生し、レース戦略も絡んだモータースポーツの面白さを前面に押し出せるレギュレーションにしました。

参入が遅かったからこそ、ライバル企業をはじめ業界を細かく分析。参加者全員が楽しめるイベントを目指すという「HRCらしさ」を模索できました。


車内も忠実に再現されている
車内も忠実に再現されている

チームリーダーの岡に「強引に誘われた」と笑うメンバーもいたが、プロジェクトについて皆が楽しそうに語るのが印象的だった
チームリーダーの岡に「強引に誘われた」と笑うメンバーもいたが、プロジェクトについて皆が楽しそうに語るのが印象的だった

12月10日の「Honda Racing eMS GT Grand Final 2023」は、試金石としての意味合いもあり、eモータースポーツのイベントは今後もアップデートしながら継続されます。そして「グランツーリスモ」以外のゲームタイトルを使った挑戦も考えているそうです。

岡:レースゲームは「グランツーリスモ」のような本格的なものだけでなく、よりライトな楽しみ方がされているものもありますよね? そうしたゲームでイベントをすれば、また異なる人と仲良くなれるはず。また今後の目標としては、グローバルでイベントをやれるようにしたいですね。今回は初めてということもあり、日本国内限定のイベントとなりましたが、今後はリアルイベントも含めてグローバルで開催し、世界中の人と交流したいです。

泉:HRCとしてはF1でトップを獲得できたので、eモータースポーツでもトップを狙いたいですね。

eモータースポーツは、eスポーツの中でもリアルとバーチャルの親和性が高く、シムレーサー(eモータースポーツのドライバー)からプロになったドライバーも。今後はますます、eモータースポーツとモータースポーツは切り離せない存在となっていくと思われます。HRC含め、レース会社やモビリティメーカーによる今後のeモータースポーツの活動に注目です。


Honda Racing eMS GT Grand Final 2023 現地レポート

12月10日に開催された「Honda Racing eMS GT Grand Final 2023」は、全国から実力者が集結。ハイレベルのレースの中、随所でオーバーテイクが見られる白熱した展開で会場は大いに盛り上がりました。


会場は入口付近にまで立ち見が出るほど
会場は入口付近にまで立ち見が出るほど

スーパー耐久を戦ったCIVIC TYPE R CNF-Rを会場に設置。リアルとバーチャルをクロスオーバーさせた
スーパー耐久を戦ったCIVIC TYPE R CNF-Rを会場に設置。リアルとバーチャルをクロスオーバーさせた

レース後には今回取材した岡も登壇。「皆さん、eモータースポーツを一緒にやりましょう」と、eモータースポーツのさらなる発展を願うように来場者へ呼びかけた
レース後には今回取材した岡も登壇。「皆さん、eモータースポーツを一緒にやりましょう」と、eモータースポーツのさらなる発展を願うように来場者へ呼びかけた

出場選手の集合。世界大会や国体の優勝ドライバー、人気配信者など、日本全国の実力者が集まった
出場選手の集合。世界大会や国体の優勝ドライバー、人気配信者など、日本全国の実力者が集まった


レポート公開日