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【HRC社長 渡辺康治インタビュー】 F1活動が象徴する、Honda/HRCがレース活動で目指すものとは

【HRC社長 渡辺康治インタビュー】 F1活動が象徴する、Honda/HRCがレース活動で目指すものとは

2023年5月24日、Hondaは2026年からF1世界選手権に完全復帰することを発表した。Aston Martin Aramco Cognizant Formula One® Team(アストンマーティン・アラムコ・コグニザント・フォーミュラ・ワン・チーム 以下、アストンマーティンF1チーム)へのパワーユニット供給という形での今回の復帰は、これまでの4期にわたるHondaのF1活動とは一線を画している。それは、「HRCというレース会社が、HondaのF1活動を担う」ということだ。これまでのF1活動との違い、Honda/HRCブランドへの思い、そして2022年から四輪レース活動が統合された“新生HRCの進捗”について、HRC代表取締役社長の渡辺康治に聞いた。


──HRCがF1活動をすることの意味について、改めて説明してください。

渡辺:F1活動を行うための会社組織ができた。その意味は、非常に大きいと思います。今までの活動は“プロジェクト”だったので人やお金を集めて、終わったら解散ということを繰り返してきました。しかし、これからは“レース会社”として我々(HRC)が責任をもって行うことになります。もちろん会社ですから予算があり、その中には将来を見据えた技術開発費も含んでいます。例えば、持続可能なカーボンニュートラル燃料や、高性能モーター、バッテリーなどですね。

アストンマーティンF1チームとの提携にしても、最終的には親会社の支援だけでなく、HRCとして少しでも独立採算に近づくことを目標としています。そうしていくことがF1活動の継続につながりますから。我々が今後、どれだけ利益を生み出せるか。もちろんレース活動だけで採算が取れることが望ましいですが、それだけでは難しいのが現実です。なので、まずはしっかりとレース活動で結果を出すことでHRCのブランド価値を高め、HRC独自のマーチャンダイズや、サービスを生み出すことで、独立採算を達成していきたいと考えています。


HRC社長 渡辺、Honda社長 三部敏宏、アストンマーティンF1チームのローレンス・ストロール会長、Aston Martin Performance Technologies Groupのマーティン・ウィットマーシュCEO
HRC社長 渡辺、Honda社長 三部敏宏、アストンマーティンF1チームのローレンス・ストロール会長、Aston Martin Performance Technologies Groupのマーティン・ウィットマーシュCEO

──HRCとして大きな挑戦になると思いますが、そもそも渡辺さんはこれまでどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。

渡辺:Hondaへの入社は1987年で、当時はF1の影響力が非常に大きく、私も感化されたかたちです。「入るなら、ぜひHondaに」という感じでしたね。また、世界的視野を持って働きたいという思いから「海外で働きたい」と考えていましたので、Hondaの「若手のうちからどんどん海外へ」という方針も入社を決めた理由の1つです。それに加えて、私自身「人の心をどうつかむか」「そのために具体的にどうしたらいいのか」ということを当時からよく考えるタイプの人間でした。これらを踏まえると必然的に、Honda入社時の夢は「モータースポーツ、海外事業、コミュニケーションに携わる」でした。実際、20代~30代の頃に広報部でモータースポーツを担当し、海外には計18年駐在、その後はHondaでブランド・コミュニケーション部門も任せられ、モータースポーツの執行役も経験、そして今はレース会社の社長です。3つすべての夢が叶った、とても幸せな会社人生だと思いますよ。ただ、入社時の夢を叶え、それで終わりかというとそうではありません。この3つに携わる中で学んだこと、実現したいことがたくさんありました。例えば、「モータースポーツ」「海外事業」「コミュニケーション」の3つの経験を組み合わせ、Hondaのブランド力をさらに高めること。HRC独立採算の土台作りや、強い組織作り、後進の育成など、これからもやることは山積みです。夢に終わりはなく、飽くなき挑戦は続くのだなと思っています。



『The Power of Dreams』と『How we move you.』

──渡辺さんが入社された当時のHondaは、特に個性的な製品が多くありました。

渡辺:シビックやプレリュードなど、格好いいクルマでいっぱいでした。プロダクトアウトで、ほかを気にしないでやれた時代でもありました。それがマーケティング主導になると、どうしてもほかと似てきて個性が薄まってしまう傾向になります。それもあってこの2年間ほど、「これからのHondaをどういう方向に持っていくか」という議論をやってきました。その結果としてスローガンを見直してみようとなったのですが、結局『The Power of Dreams』にたどり着いてしまった。

──20年以上前のスローガンに、結局たどり着いてしまったと?

渡辺:はい、そうです。スローガンを変えようとして始めた議論だったんですけど、結局は『The Power of Dreams』に戻った。では、もう少し解像度を上げることができないか。我々はどこに向かいたいのか、もっと議論をすべきじゃないか。そこで出てきたのが「あなたを突き動かす」という『How we move you.』という言葉です。

もともとHondaブランドというのは「お客様のため」「世のため、人のため」という、創業者・本田宗一郎のスタンスから始まった。なので、利他的なところが強いはずだった。しかし、利他的であると、個性を失ってしまう可能性がある。だから、もっと利己に走るべきだという意見も出た。この2つが激しくぶつかって、今は利己を強めに持っていこうとしています。



──プロダクトアウトというのは、その方向ですね。

渡辺:そうです。“Dreams”と言ったとき、いったい誰の“Dreams”なんだと。現状は、「お客様の夢を叶える」という部分が強い。でも、「我々が夢見るクルマを作りたい」という思いも強い。今回は後者の方に少し振って「我々が夢見るモビリティ」という解説を入れました。

──作る側と買う側の「夢」が合致すれば、それが理想ですね。

渡辺:全く、その通りです。


四輪事業が統合された“新生HRC”の現在地

──2022年に発表されたHRCの4つのコンセプトについて、改めて教えてください。

渡辺:はい。まずはHRCのモータースポーツ活動を通じて、「Hondaブランドをよりいっそう高揚させる」こと。2つ目は「持続可能なカーボンニュートラル対応」にしっかり取り組むこと。3つ目は「モータースポーツ活動によってHondaの二輪・四輪事業に貢献する」ことで、これは非常に重要です。特に今までの四輪のモータースポーツ活動は、事業とのリンクが希薄だったので、今後はしっかりと事業に貢献していきたい。それこそが会社としてモータースポーツ活動を継続していくために欠かせないことですしね。そして最後に、「幅広いお客様に楽しんでいただく」こと。ただ観ていただくだけではなく、レーシングスクールやワンメイクレースへの参加、さらにカスタマーレースのベース車をラインアップすることで、より多くの方にレースを楽しんでもらう機会と環境を提供し、モータースポーツの裾野を広げていきたい。この4つを掲げています。

──2022年に四輪部門が統合されたHRCは「二輪・四輪のレース会社」ということで、世界的にもユニークな存在になったと思います。

渡辺:おそらく唯一でしょう。


スーパーフォーミュラと全日本ロードレースの併催「2&4レース」では両グリッドにHonda/HRCが携わるマシンが並んだ
スーパーフォーミュラと全日本ロードレースの併催「2&4レース」では両グリッドにHonda/HRCが携わるマシンが並んだ

──四輪は後から加わったわけですが、両者の連携はいかがですか。

渡辺:Hondaの中で、二輪と四輪の文化はかなり違っています。そのため一緒の会社でやるのは相当難しいだろうと覚悟してスタートしました。実際、運営方法から仕組み、購買システムなど何から何まで違うので、その統合で1年目は終わりました。2年目に入り、二輪と四輪の連携は進み始めています。現在は、MotoGPの低迷がHonda/HRCとして大きな課題になっているので、オールHRC体制で強さを取り戻すしかない。そのために四輪の開発陣もMotoGPの開発にかなり入って、早期に成果を出せるよう動いています。

一方で二輪はレース会社としての活動が長いので、運営を含めレースをよく知っています。ほかにも、HRCのレースパーツを作り、それをディーラー経由で届け、ユーザーに使ってもらうというビジネスモデルも確立している。四輪は、そこはこれからです。そうしたノウハウも二輪から学ぶことは多い。そういう意味でも二輪と四輪の連携は、当初期待した以上に大きなものを生み出すと確信しています。

──アメリカのHPD(Honda Performance Development)は、Acuraブランドの『ビースト』(市販車の2023年式CR-V Hybridをパイプフレーム化。インディカー用のツインターボエンジンにハイブリッドシステムも搭載しているプロモーション車両)が世界的に注目されるなど、いい意味で「おもしろい」ことにトライしています。

渡辺:あれはHondaらしくて、すばらしいですね。HPDがレース屋になって来ているんだと思います。今の彼らはスーパー耐久に参戦するような市販車ベースのレース車両を、ささっと開発できるような技術力は持っていると思います。そういう意味ではHPDとの連携も強化して、そうした部分を学び、我々もレース屋としての価値を高めていきたい。HPDとHRC、二輪と四輪、それぞれの連携を、確実に進めていきたいですね。


CR-V Hybrid Racer ‘The HPD Beast’
CR-V Hybrid Racer ‘The HPD Beast’

──たとえ技術的に尖ってなくても、アイデア次第では世の中を驚かせるような「おもしろい」レーシングカーやレースカテゴリーを作れる。そんなことを実現できる人材を育てたいということですね。

渡辺:そういうことです。机に向かって資料ばかり作ってないで、とにかく手を動かして新しいものを生み出してほしい。これからのHRCでは、そういう文化、組織、人を育んでいきたい。それを体現する象徴的な存在が2026年から開始する「F1活動」なのです。そのF1活動を筆頭に、ファンの皆さまと新たなことを達成する喜びを分かち合う、これがHonda/HRCがレースで目指すところです。


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