歴史

はじめに

HRCと共に歩む

2007年9月1日はHRCの創立25周年にあたります。

HRCが誕生した1982年という年は、世界グランプリ500ccクラスに2ストローク、3気筒のNS500を投入した年です。

それまで、Hondaは1979年から4ストロークのNR500で世界GPに復帰していましたが、優勝はおろか1ポイントも獲得することができませんでした。当時は私もスタッフのひとりとしてレースの最前線で戦っていました。勝つことができず、悔しかったのですが、“このままでは絶対に終わらない。いつか絶対に勝つ。絶対に世界チャンピオンになってやる!”と悪戦苦闘していました。

そして、1982年7月4日。ベルギーのスパフランコルシャンでF・スペンサーが初優勝をすることが出来ました。あの日のことは、今でも昨日のことのようによく覚えています。

そして、1979年から1982年にいたる努力が、翌1983年のF・スペンサーによるHonda初の500ccライダータイトル獲得につながり、さらには今日に至るまでのHondaライダー達の活躍につながってきたのだと思います。

それから四半世紀を経た今日、私たちは新たな四半世紀に向かって、さらなる挑戦を続けてまいります。

これまでHRCを支えてくださった関係者の皆様に、節目となる25周年を祝っていただけることを感謝しております。

これからもHRCをよろしくお願いいたします。


概要

素晴らしい技術革新の四半世紀

2007年9月1日
株式会社ホンダ・レーシング生誕25周年

Hondaにとってレースとは常に魂であり、DNAとも言うべきものです。
創業者である本田宗一郎は、レースの場でエンジニアの技術が鍛えられることは自社の製品レベルを著しく向上させる事に繋がると常に考えていました。
この考え方は、Hondaの初期モデルであるA型から最新のMotoGPマシンRC212Vまで引き継がれてきています。
HRC代表取締役である濱根眞澄はこのように述べています。
「レーシングマシンは我々に生きた情報をもたらす走る研究室であり、またサーキットは我々の夢を叶える場所なのです」

当初、レース活動は本田技研工業社内で行われていましたが、1970年代はじめ、会社のレースプログラムをサポートする目的でRSC(Honda Racing Service Center)が設立されました。
1982年9月1日、レース用車両、パーツの開発、製造、販売を目的としたHRC(Honda Racing Corporation)が設立されました。


1982年

株式会社ホンダ・レーシングがRSC(1973年に本田技研工業と別会社として設立)、およびNRテクノロジーグループに代わり設立される。
伝説の技術者である入交昭一郎が初代代表取締役に就任。
3気筒のNS500が誕生。
7月のベルギーGPでNSに乗ったFreddie SpencerがHonda史上初となる2ストロークでのGP勝利を獲得。
Cyril Nevueがパリ・ダカールにてHonda史上初勝利。
Eddy LejeuneがRTL360で初の世界トライアル選手権を獲得。CB900Fに乗った飯嶋茂男、萩原伸治が鈴鹿8時間耐久レース(台風の影響で6時間に短縮)で日本人ペアとして初優勝。
モトクロス用プロリンクリアサスペンション、カートリッジタイプのフォークを開発。


Honda NS500(1982年) / Freddie Spancer サンマリノ表彰台(1983年)
Honda NS500(1982年) / Freddie Spancer サンマリノ表彰台(1983年)

1983年

天才Freddie Spencerが、まさにHRC理念を具現化したとも言うべきオールラウンドレーサーNS500で、Honda史上初となるGP500ワールドチャンピオンを獲得。
NS500で、ATAC排気システムを開発。
キングオブザロードことJoey DunlopがRS850R(V4 4ストローク)でTTF1ワールドチャンピオンを獲得。
NS500をベースとした市販GPレーサーRS500の販売を開始。
吉野浩行が入交の後を継ぎ、代表取締役に就任。


1984年

試験的に吊り下げ式フューエルタンクを採用したシングル・クランクV4エンジンNSR500を新規投入、負傷していたFreddie SpencerがGP500ワールドチャンピオンシップで4位を獲得。
RS750Rは、Honda4ストロークの天才Gerard CoudrayとPatrick Igoaに世界耐久選手権での勝利を確固たる物にする。
Mike BaldwinとFred Merkelは鈴鹿8時間耐久レースの勝利を、Joey DunlopはTTF1の栄冠を獲得。
Andre Malherbeは自身2度目となる500 ccクラスモトクロスワールドチャンピオンを獲得。
Eddy Lejeuneが世界トライアル選手権でハットトリック達成。
Ricky Grahamが、Honda史上初となるUSグランドナショナルトラックのタイトルを獲得。


1985年

1985年はFreddie SpencerとHondaにとって、NSR500と新型VツインエンジンNSR250による250/500 ccクラスのダブルタイトル獲得という輝かしい1年となった。
さらにSpencerはスーパーバイクVF750Fにより、デイトナ200マイルに勝利。
新型RVF750はGerard CoudrayとPatrick Igoaに世界耐久選手権の栄冠、Joey DunlopにTTF1タイトルを、Wayne Gardnerと徳野政樹に鈴鹿8時間耐久レースの勝利をもたらす。
Mike BaldwinとHondaは4度目のUS F1タイトルを引き続き獲得。
英国チャールズ皇太子、ダイアナ皇太子妃が公式訪問時に、新築された東京青山のHonda本社においてHRCレース車をご覧になる。
後藤勇がHRC代表取締役に就任。


Cyril Neveu パリ・ダカール 1987年 Honda NXR750 / Honda RC30 スーパーバイク 1988年
Cyril Neveu パリ・ダカール 1987年 Honda NXR750 / Honda RC30 スーパーバイク 1988年

1986年

片持ちスイングアームを採用したRVF750がPatrick Igoaに耐久選手権タイトルを、GardnerとDominique Sarronに鈴鹿8時間耐久レースのタイトルをもたらす。
VFR750ライダーFred MerkelがUSスーパーバイクでハットトリックを達成。
英国人ライダーDavid Thorpeが自身2度目となる500MXタイトルを獲得、Hondaは上位3位を独占。
オーストラリア人ライダーWayne Gardnerが負傷したFreddie Spencerからバトンを受け、NSR500でGP500ワールドチャンピオンシップ2位を獲得。


1987年

Hondaの2ストロークテクノロジーがGPレース界を席巻、Wayne Gardnerが7勝してGP500のタイトルを獲得、ドイツのベテランライダーToni MangがNSR250でGP250のタイトルを獲得。
コンピューター制御の可変エキゾーストバルブを開発。
楕円ピストンを採用したハイテクノロジーの結晶NR750レーサーがルマン24時間に参戦、ポールポジションを獲得。
新進気鋭カリフォルニアのWayne RaineyがVFR750でUSスーパーバイク、デイトナ200マイルで勝利。
Eric GeboersがHonda史上初となる250MXでの成功を収める。
ダートトラックの伝説Bubba ShorbertがRS750DでUSグランドナショナルトラックにおいてハットトリックを達成。
福井威夫がHRC代表取締役に就任。


David Thorpe / David Thorpe MX500 ベルギー 1989年 Honda CR500M
David Thorpe / David Thorpe MX500 ベルギー 1989年 Honda CR500M

1988年

Hondaはローコストの2ストロークエンジンRS125でGP125レースに復帰。
Ezui GianolaがGPで2勝し、125チャンピオンシップで2位を獲得。
スペインの英雄Sito PonsがNSR250で、初めて2回連続で250ワールドタイトルを獲得。
HRCは電子制御2ストローク燃料噴射システムの開発を開始。
陽気なアメリカ人Fred Merkelは、非常に高い評価を受けたV4スーパーバイクRC30で発足したばかりのスーパーバイクワールドタイトルを獲得。
イギリスのプライベーターCarl FogartyがRC30でTTF1の栄冠を獲得。Freddie Spencerが500GPを引退。
Eric GeboersとJean-Michel Bayleが500MXと125MXの両タイトル獲得の活躍。
市田勝巳が代表取締役に就任。


1989年

スムーズライディングマスターEddie LawsonがHondaに加入、NSR500でGP500ワールドチャンピオンシップを獲得。
HondaはGP250で10度目となるコンストラクターズワールドチャンピオンシップを獲得。
Merkel、FogartyとRC30はワールドスーパーバイク、TTF1タイトルを引き続き獲得。
プライベーターJohn AshmeadはRC30でデイトナ200に勝利。
フランス人ライダーDominique SarronとAlex Vieiraは、RVF750で鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
Jilles LalayはNXR750でパリ・ダカールに4連勝し、過酷な条件下でのHondaパワーの優位性を立証。
Jean-Michel BayleとDavid Thorpeが250MX、500MXのタイトルをそれぞれ獲得。
福井威夫が再び代表取締役に就任。


1990年

17歳でデビューしたLoris CapirossiがHonda史上初となる2ストローク125ccクラスのワールドチャンピオンをRS125Rで獲得、この小さなイタリア人に、翌年の連続タイトルに繋がる初タイトルをもたらす。
Alex Vieira、Jean-Michel Mattioli、Stephane MertensとRVF750は非常に人気のあるボルドール24時間レースで6連勝。
Eric GeboersはHondaで自身2度目となる500MXタイトルを獲得。
Jeff StantonとCR250は3回USスーパークロスチャンピオンとなったうちの2度目のタイトルを獲得。
オーストラリアのベテランMalcolm CambellはRC30で自身2度目となる連勝でオーストラリアスーパーバイクタイトルを獲得。


1991年

Luca CadaloraがHondaに加入、NSR250でGP250ワールドチャンピオンシップに勝利、Honda史上10人目となる250ライダーズタイトルの栄冠をもたらす。
Wayne GardnerとMick DoohanがRVF750で鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
Honda2ストロークテクノロジーが世界のモトクロス、スーパークロス界を席巻、George Jobeが500MXワールドタイトルを獲得、アメリカ人ライダーTrampas Parkerがワールド250タイトルを獲得、Jean-Michel BayleはUSへと活躍の場を変え、CR250でスーパークロスタイトルを、CR500でUSモトクロスチャンピオンシップを獲得。
Miguel DuhamelとRC30はデイトナ200で勝利。
NR750市販車の製造を開始。


Honda NSR500 1994年 / Wayne Gardner 500cc ブラジルGP 1987年 Honda NSR500
Honda NSR500 1994年 / Wayne Gardner 500cc ブラジルGP 1987年 Honda NSR500

1992年

HRCの新星Mick Doohanが新しい「ビッグ・バン」エンジンのNSR500でGP500ワールドチャンピオンシップを席巻するものの、怪我によりタイトルを失う。
にも関わらず、HondaはGP500のコンストラクターズタイトルを獲得。
イタリア人Luca Cadaloraが2年連続でGP250ワールドチャンピオンシップを獲得。
オーストラリア人GPライダーDaryl Beattie、Wayne GardnerとRVF750は鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
Greg AlbertynがCR125で125MXの栄冠を獲得。
篠崎隆が代表取締役に就任。


1993年

伊藤真一がホッケンハイムのドイツGPにおいて、燃料噴射を装着したNSR500で200マイルの壁を突破。
小柄なドイツ人Dirk RaudiesがRS125RでGP125チャンピオンシップを獲得。
Ricky Grahamが初タイトル獲得から11年の時を経て、USグランドナショナルのタイトルを獲得。
CR250がモトクロス界を席巻、Greg Albertynが250MXタイトルを、Doug HenryがUS250MXでの相次ぐ勝利に繋がる1勝目をあげ、Jeremy McGrathが250USスーパークロスシリーズのタイトルを獲得。


1994年

Mick DoohanがNSR500で以降5連続チャンピオンとなるきっかけとなる勝利をつかみ、Hondaも7度目となるコンストラクターズタイトルを獲得。
ニュージーランド人ライダーAaron Slightとアメリカ人ライダーDoug Polenが最新テクノロジーを搭載した新型RC45スーパーバイクで、鈴鹿8時間耐久レースでHonda史上10度目となる優勝を達成。
Hondaは史上10度目となるGP125コンストラクターズタイトルを獲得。
スウェーデン人ライダーMarcus Hanssonが500MXワールドチャンピオンシップに勝利。
Jeremy Mcgrathは引き続き250USスーパークロス界を席巻。
金沢賢が常務取締役に就任。


Honda RC45 スーパーバイク 1997年
Honda RC45 スーパーバイク 1997年

1995年

ベルギー人ライダーStephan Mertensとフランス人Jean-Michel Mattioliの世界耐久チャンピオンシップの勝利により、4ストロークRC45に、より世界的な成功をもたらす。
Miguel DuhamelはUSスーパーバイクタイトルを、Aaron Slightと岡田忠之は鈴鹿8時間耐久レースに勝利。
青木治親は、RS125でGP125での相次ぐ勝利。


1996年

Mick Doohan、Alex Criville、Luca Cadalora、Alex BarrosとNSR500は、GP500ワールドチャンピオンシップで上位4位を独占、NSR500はGP15戦のうち13戦に勝利。
青木治親が2度目のGP125タイトルを獲得。
Miguel DuhamelはRC45でデイトナ200に勝利。
岡田忠之の乗るNSR500Vツインが、GPデビュー戦でポールポジション獲得。
Stefan EvertsがCR250で、翌年への連勝に繋がる250MX世界タイトルを獲得。
Jeremy McgrathとCR250は、4連続でUSスーパークロスタイトルを獲得、Hondaは他に例を見ない9連続王座の活躍。


Joey Dunlop TTF1 1985年 Honda VFR750 / Alex Criville 500cc オランダTT 1999年 Honda NSR500
Joey Dunlop TTF1 1985年 Honda VFR750 / Alex Criville 500cc オランダTT 1999年 Honda NSR500

1997年

Mick Doohanはスクリーマー点火順序を装備したNSR500で、自身4度目となるGP500タイトルを獲得。
Doohan、岡田忠之、青木宣篤、Alex Crivilleの乗ったNSR500、そして青木拓磨の乗ったNSR500Vと、ホンダマシンがシーズン上位5位を独占。NSR500はGP全15戦に勝利。
ホンダは10度目となるプレミアクラスコンストラクターズワールドチャンピオンシップを獲得。
Max Biaggiがホンダに加入、NSR250でGP250に勝利。
NSR500V市販バージョンの販売開始。
RC45は引き続き4ストロークレースを席巻、John Kocinskiがワールドスーパーバイクタイトルを獲得、日本人スターライダー伊藤真一と宇川徹が鈴鹿8時間耐久レースで優勝。
Stefan Evertsは250MXタイトルを堅持。


1998年

強力なMick Doohanに再び導かれ、NSR500ライダー達は、ポイント争いの末、GP500ワールドチャンピオンシップ上位5位を独占。
HRCは新しい2軸クランクのNSR250を発表、宇川徹が250ワールドチャンピオンシップで4位を獲得。
RC45はさらなる成功を収め、Doug PolenとChristian Laveilleが世界耐久選手権で勝利、伊藤真一と宇川徹が鈴鹿8時間耐久レースで2年連続優勝、Ben BostromがUSスーパーバイクの栄冠を獲得。
池ノ谷保男が代表取締役に就任。


1999年

Mick Doohanが負傷により欠場した後も、寡黙なスペイン人ライダーAlex CrivilleとNSR500がホンダ史上10度目となるGP500チャンピオンシップを獲得。
Emilio AlzamoraとRS125RはGP125チャンピオンシップを獲得、ホンダに10度目となるGP125ライダーズチャンピオンシップをもたらす。
岡田忠之とAlex Barrosが鈴鹿8時間耐久レースに、Miguel Duhamelがデイトナ200に、著しい成功を収めたRC45で勝利。


Valentino Rossi MotoGP イギリスGP 2002 Honda RC212V / Colim Edwards スーパーバイク オーストラリア 2000 Honda VTR1000
Valentino Rossi MotoGP イギリスGP 2002 Honda RC212V / Colim Edwards スーパーバイク オーストラリア 2000 Honda VTR1000

2000年

Hondaは初のビッグツインスーパースポーツバイクVTR1000をリリース、Colin Edwardsがワールドスーパーバイクチャンピオンシップでデビュー戦を勝利で飾る。
VTR1000SPWは、鈴鹿8時間耐久レースにおいても宇川徹、加藤大治郎をライダーに迎え優勝。
プレミアクラスデビューのValentino RossiがHondaに加入、NSR500でワールドチャンピオンシップ2位を獲得。
Frederic BolleyはCR250Rで250MXワールドタイトルを2年連続で獲得。
Dougie Lampkinはこれ以降4年連続となるトライアルワールドチャンピオンシップの1勝目をあげる。


2001年

Valentino RossiはNSR500で、GP500最後の年を勝利で締めくくる。
またこのイタリアのスーパースターはHondaのGPでの500勝目を日本グランプリで達成、鈴鹿8時間耐久レースではパートナーのColin Edwardsと共にVTR1000SPWで勝利。
日本人ライダー加藤大治郎はNSR250でGP250チャンピオンシップに勝利。
茂木において、Hondaの伝説的ライダーであるMick DoohanとFreddie SpencerのライディングによりMotoGPマシーンRC211Vが初めて一般公開される。


Michael Doohan チェコ GP 1994年 / 藤波貴久 / 金沢賢(2002-2007 代表取締役)
Michael Doohan チェコ GP 1994年 / 藤波貴久 / 金沢賢(2002-2007 代表取締役)

2002年

Valentino RossiはMotoGP初舞台で、絶賛されたRC211Vでタイトルを獲得。またHondaは大差をつけてコンストラクターズチャンピオンシップを獲得。
V5エンジンは、モーターサイクルレーシングテクノロジーをまったく別の次元へと引き上げ、16戦中14戦に勝利。
Colin EdwardsはVTR1000SPWで自身2度目となるワールドスーパーバイクチャンピオンシップを獲得、また加藤大治郎とのコンビで鈴鹿8時間耐久レースにも勝利。
アメリカでは新進気鋭のNicky HaydenがVTRでUSスーパーバイクの栄冠、デイトナ200の勝利を獲得。
フランス人ライダーFabien ForetはCBR600RでHonda史上初となるスーパースポーツタイトルを獲得。
金沢賢が代表取締役に就任。


2003年

RC211Vが再びMotoGPワールドチャンピオンシップを席巻、16戦中15戦に勝利。
Valentino Rossiが、同僚のRC211VライダーSete Gibernau、Max Biaggiを押さえライダーズタイトルを獲得。
RC211Vはロータリーステアリングダンパーを装備。
Dani PedrosaはRS125Rで、自身初となる125ccクラスでのタイトルを獲得。
HRC開発のMotoGPテクノロジーを詰め込んだ新しいCBR600RRがChris Vermeulenと共にワールドスーパースポーツタイトルを獲得。
Miguel Duhamelがデイトナ200に勝利。
生見友希雄と鎌田学がVTR1000SPWに4年連続で鈴鹿8時間耐久レースの勝利をもたらす。
Ricky CarmichaelがCR250でUSスーパークロス2年連続チャンピオンを獲得。


加藤大治郎 250cc イギリスGP 2001年 Honda NSR250 / Daniel Pedrosa 250cc GP ドーハ 2005年 Honda RS250RW
加藤大治郎 250cc イギリスGP 2001年 Honda NSR250 / Daniel Pedrosa 250cc GP ドーハ 2005年 Honda RS250RW

2004年

Hondaはインテリジェントスロットルコントロールシステムを搭載したRC211Vで、MotoGPコンストラクターズチャンピオンシップのハットトリックを達成。
Dani PedrosaはRS250RWでGP250ワールドチャンピオンシップを初挑戦で獲得。
イタリアの新星Andrea DoviziosoがRS125RでGP125チャンピオンを獲得。
宇川徹、井筒仁康がインラインフォーのCBR1000RR Firebladeに初の鈴鹿8時間耐久レース勝利をもたらす。
オーストラリア人ライダーKarl MuggeridgeがCBR600RRでスーパースポーツタイトルを獲得。
藤波貴久がトライアルワールドチャンピオンシップで勝利。
堀池達が常務取締役に就任。


2005年

Dani Pedrosaが2年連続となるGP250ワールドチャンピオンを獲得。
これはHondaにとって15度目のライダーズタイトルと19回目の250コンストラクターズチャンピオンシップの獲得となる。
スイス人ライダーThomas LuthiがRS125RでGP125チャンピオンを獲得。
宇川徹と清成龍一がHonda史上20度目となる鈴鹿8時間耐久レースをCBR1000RRで勝利。
CBR600RRは引き続きミドルクラスのスーパースポーツレーシングを席巻、Sebastien Charpentierがスーパースポーツワールドタイトルを、Miguel DuhamelがHondaに10度目のデイトナ200勝利をもたらす。


Nicky Hayden MotoGP アッセン Honda RC211V / Nicky Hayden MotoGP バレンシア 2006年
Nicky Hayden MotoGP アッセン Honda RC211V / Nicky Hayden MotoGP バレンシア 2006年

2006年

より軽量化されパワフルになったV5エンジンを搭載した次世代型RC211Vで、Nicky Haydenがこの年が最後となった990ccクラスMotoGPタイトルを獲得。
またこのケンタッキーキッドは、Hondaのプレミアムクラス200勝目をオランダGPにおいて達成。これはHonda史上14度目のプレミアクラスライダーズタイトルであり、また17度目のコンストラクターズタイトルとなる。
5年間の990cc MotoGPの間、驚くことにV5エンジンは全レースの58%に勝利。
Sachsenringにおいて高橋裕紀はHondaの250ccクラス通算200勝を達成。
Sebastien Charpentierが2度目となるスーパースポーツワールドタイトルを獲得、Jake Zemkeがデイトナ200で勝利と、CBR600RRにとって素晴らしい1年となる。
辻村猛と伊藤真一は鈴鹿8時間耐久ロードレースにおけるHondaの10連勝をCBR1000RRで獲得。
4ストロークミニバイクレーサーNSF100のワンメイクレース「NSF100HRCトロフィー」を初開催。


2007年

新しい規定により、MotoGPのエンジン排気量が800ccとなる。
HRCは800cc4ストロークV4エンジンRC212Vを発表。Dani Pedrosaがワールドチャンピオンシップ2位を獲得。
清成龍一がCBR1000RRで2度目のブリティッシュスーパーバイクチャンピオンを獲得。
トライアル世界選手権では、Honda移籍1年目のToni BouがMontesa Cota 4RTで開幕5連勝、年間9勝を挙げて自身初となるワールドタイトルを獲得。
濵根眞澄が代表取締役に就任。
安武幸祐が常務取締役に就任。
HRC創立25周年感謝の集いをSan Marinoで開催。


2008年

Hondaワークスチーム「DREAM Honda Racing Team」の、清成龍一とCarlos ChecaがCBR1000RRで鈴鹿8耐優勝。
中本修平が取締役副社長に就任。


2009年

WGP2ストローク250ccクラス最終年に青山博一がRS250RWでワールドチャンピオンを獲得。
世界同時不況の影響によりHRCレース体制を縮小。MotoGP以外のワークス活動を停止。
代表取締役社長に鈴木哲夫が就任。
WGPへのHonda参戦50周年セレモニーを日本GPにて開催。
ロードレースの普及に寄与したRS 125Rの生産を終了。生産累計台数約15,000台。


青山博一 Honda RS250RW
青山博一 Honda RS250RW

2010年

HondaはWGP250ccクラスに替わるMoto2クラスのオフィシャル・エンジン・サプライヤーとして、4ストローク600cc エンジンの供給を開始。開幕戦カタールGPでは日本人ライダーの富沢祥也氏が最初の優勝者となった。
清成龍一はCBR1000RRで自身3度目となるブリティッシュスーパーバイク選手権チャンピオンを獲得。また、高橋巧とのコンビで鈴鹿8時間耐久ロードレースに勝利。


Casey Stoner アメリカGP 2011年 Honda RC212V / Casey Stoner オーストラリアGP 2011年 Honda RC212V
Casey Stoner アメリカGP 2011年 Honda RC212V / Casey Stoner オーストラリアGP 2011年 Honda RC212V

2011年

800ccのMotoGP最終年、Honda移籍1年目のCasey Stonerが2010年最終仕様をベースに熟成を重ねたRC212Vでタイトルを獲得。また、アラゴンGPではRepsol Honda Teamとしてプレミアクラス100勝目を達成した。
RC212Vは年間13勝を達成し、コンストラクターズ・タイトル、チーム・タイトルと合わせ三冠を獲得。
伊藤真一が東日本大震災復興支援のため、日本GPにTeam HRCにて参戦。13位完走を果たす。
カタルニアGPにおいてAlex Crivilleのライディングにより、次期Moto3クラスに対応したレーサーNSF250Rを発表。同6月、日本において発表会を開催。
秋吉耕佑、伊藤真一、清成龍一がCBR1000RRで鈴鹿8時間耐久ロードレース優勝。
トライアル世界選手権で、Toni Bouがワールドチャンピオン5連覇。


Dani Pedrosa チェコGP 2012年 Honda RC213V / MaverickVinales カタールGP 2012年
Dani Pedrosa チェコGP 2012年 Honda RC213V / MaverickVinales カタールGP 2012年

2012年

レギュレーション変更により、MotoGPクラスのエンジン排気量が1000ccとなった。この新しいルールに対応した2012年型マシンのRC213V は18戦中12勝を挙げ、チーム及びコンストラクターズチャンピオンを獲得。2ストローク125ccクラスに代わり導入された4ストローク250ccエン ジンを使用するMoto3クラスがスタートし、ニューマシンのNSF250Rが開幕戦で記念すべき勝利を飾り、新しい時代の幕開けを告げた。
トライアル世界選手権は、Toni Bouが6年連続のワールドチャンピオンに輝く。
全日本モトクロスIA1クラスにおいては、CRF450Rで成田亮がHondaに6年ぶりとなるチャンピオン獲得をもたらした。
Jonathan Rea、秋吉耕佑、岡田忠之がCBR1000RRで鈴鹿8時間耐久ロードレース優勝。


Marc Marquez 第18戦 バレンシアGP 2013年 Honda RC213V
Marc Marquez 第18戦 バレンシアGP 2013年 Honda RC213V

2013年

1月に行われたダカールラリーに、Hondaとして24年ぶりに参戦。CRF450 Rallyは全車完走を果たす。MotoGPクラスでは、RC213Vを駆るMarc Marquezが史上最年少チャンピオンとなり、Hondaはライダー、チーム、コンストラクターの3冠獲得を2年ぶりに達成。さらに、トライアルでもToni Bouが7連覇を果たし、Hondaマシンが世界最高峰の舞台で輝いた。
国内でも、全日本モトクロス選手権ではIA1クラスで成田亮が連覇。チームメートの小方誠が総合2位に入り、Team HRCは総合1-2でフィニッシュ。IA2でもワークス活動を開始し、初年度は田中雅己は4度の表彰台登壇と活躍した。また、鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、高橋巧/Leon Haslam/Michael van der MarkがCBR1000RRで優勝。Hondaマシンに4連覇をもたらした。
このほか、参加型レースの充実にも力を入れ、CBR250Rをベースにしたワンメイクレース「CBR250R Dream Cup」を初開催。多くの参加者が集い、好評を得た。


MotoGPではMarquez兄弟がそろって王者に/全日本モトクロス選手権では成田がタイトルを獲得
MotoGPではMarquez兄弟がそろって王者に/全日本モトクロス選手権では成田がタイトルを獲得

2014年

野村欣滋が代表取締役社長に就任。この年から、Hondaは二輪カテゴリでのワークス活動を拡大。
MotoGP、ダカールラリー、全日本モトクロスに加え、モトクロスMXGPではTeam HRC、トライアル世界選手権ではRepsol Honda Teamとしてワークスチームが結成された。
MotoGPでは、Repsol Honda Teamが圧倒的な強さを発揮し、チームとして開幕から12連勝。第7戦カタルニアGPでの勝利は、HondaにとってのMotoGPクラス100勝目となった。Marc Marquezは歴代タイの開幕10連勝、最多の年間13勝という記録を打ち立て、2年連続チャンピオンを獲得。Hondaは3冠(ライダー、チーム、コンストラクター)を連覇した。さらに、Moto3クラスではMarquezの弟Alex MarquezがNSF250RWでチャンピオンを獲得し、史上初の兄弟王者が誕生した。
ワークス体制初年度となったMXGPでは、Maximilian Naglが年間5勝を挙げてランキング6位、トライアルではRepsol Honda TeamのToni Bouが8連覇を達成した。さらには全日本モトクロスにおいてもIA1で成田亮が自身10度目のチャンピオンを獲得を決め、Team HRCは2年連続の総合1-2を達成。鈴鹿8時間耐久ロードレースでは、高橋巧/Leon Haslam/Michael van der Mark組が2連覇した。


Honda 世界選手権700勝記念撮影
Honda 世界選手権700勝記念撮影

2015年

新体制での参戦3年目となったダカールラリーでは、Team HRCが13ステージ中6ステージで勝利し、女性ライダーのLaia Sanzが史上最高の総合9位となるなど、高い競争力を発揮。
MotoGPでは、タイトル獲得こそならなかったものの、第10戦インディアナポリスGPで、Hondaとして世界選手権700勝という大記録を達成。MXGPではMX2クラスのTim Gajserが、ファクトリーマシンCRF250RWでチャンピオンを獲得し、トライアルではToni Bouが9連覇を果たすなど、競争力を発揮した。
さらに、全日本モトクロスIA2クラスでは富田俊樹がチャンピオンを獲得。参加型モータースポーツの分野では、4ストロークレーサーNSF250Rによるワンメイクレース「HRC NSF250R Challenge」を初開催した。


世界選手権3カテゴリーでタイトルを獲得
世界選手権3カテゴリーでタイトルを獲得

2016年

2016年シーズンは、進化したCRF450 RALLYの戦いからスタートした。ダカールラリー4年目の挑戦は、序盤は総合トップをキープするなど、順風満帆にみえたが、世界一過酷なラリーの勝利は遠く、総合4位のKevin Benavidesがチーム最高位となった。

FIMロードレース世界選手権MotoGPクラス、FIMトライアル世界選手権、FIMモトクロス世界選手権MXGPクラスでは、RC213Vを駆るMarc Marquezが3度目のタイトルを獲得、Toni BouがCOTA4RTを操り10連覇を達成、そして、初参戦したTim GajserがCRF450RWで初タイトルを獲得と、同年に3つカテゴリーを制覇するという世界初の快挙を成し遂げる記念すべき年に。

さらには、全日本モトクロス IA1クラスで9勝を挙げた成田が2年ぶりにタイトル奪還。IA2では能塚智寛が圧倒的な強さでクラス制覇を果たすなど、シーズンを通してチーム・マシンの強さを披露した。


最終戦バレンシアGPでタイトルを決めたMarc Marquez
最終戦バレンシアGPでタイトルを決めたMarc Marquez

2017年

昨年に引き続き、CRF450 RALLYでダカールラリーに挑戦。Joan Barredaが10ステージ中、4つのステージで勝利を挙げて競争力を発揮するも、世界一過酷なラリーの優勝への道のりは険しく、総合5位に甘んじる結果となる。

FIMロードレース世界選手権(MotoGP)では、RC213Vを駆るMarc Marquezが2年連続、自身4度目となるタイトルを獲得。チーム、コンストラクターズのタイトルと合わせ、Hondaとしては3年ぶりの三冠達成となった。

FIMトライアル世界選手権では、王者Toni BouがCOTA4RTとともに11度目のタイトルを獲得。インドア世界選手権と合わせると、22個目となる世界タイトルを獲得する。FIMモトクロス世界選手権(MXGPクラス)では、Tim Gajserがタイトル連覇に向けてシーズンを順調にスタートさせるも、ケガに悩まされる一年となった。

国内では、全日本モトクロス(IA1クラス)に初参戦の山本鯨が年間チャンピオンを獲得。そして、12月20日に18年シーズンから、全日本ロードレース選手権と鈴鹿8時間耐久ロードレースへ「Team HRC」としてワークス参戦することを発表した。


鈴鹿8時間耐久ロードレースではRed Bull Honda with 日本郵便が2位
鈴鹿8時間耐久ロードレースではRed Bull Honda with 日本郵便が2位

2018年

第40回目のダカールラリーは、Monster Energy Honda Teamの5名がCRF450 RALLYを駆り、総合優勝に挑んだ。Joan Barredaは力走もみせたが、惜しくもリタイア。Kevin BenavidesはHondaのワークス参戦復帰以来、最高位タイの総合2位に輝いた。FIMロードレース世界選手権(MotoGP)では、ワークスマシンRC213Vの強さが発揮された。Repsol Honda TeamのMarc Marquezが自身5度目の最高峰クラスのタイトルを獲得。さらにHondaが2年連続で三冠を達成した。 FIMトライアル世界選手権では、Repsol Honda TeamのToni Bouがモンテッサのマシンで通算100勝を達成。その後もCOTA4RTを巧みにコントロールして勝利を積み上げ、12年連続で王者の座を手にした。

国内では、全日本ロードレース選手権(JSB1000)と鈴鹿8時間耐久ロードレースに、Hondaのワークスチームが復活。鈴鹿8耐にはRed Bull Honda with 日本郵便(高橋巧/中上貴晶/Patrick Jacobsen)が出場し、全日本ロードレースにはTeam HRCのエースとして高橋巧が起用された。10年ぶりのワークスチームとして両レースで総合優勝を目指すも2位となり、悔しさが残った。全日本モトクロス選手権では、Team HRCの成田、山本の2人が勝利を分け合い、一進一退の展開に。最終戦で成田が2年ぶりの王者に返り咲いた。


MotoGP、MXGP、TrialGPでタイトル獲得の記念ロゴ/MotoGPでは3年連続で三冠を達成
MotoGP、MXGP、TrialGPでタイトル獲得の記念ロゴ/MotoGPでは3年連続で三冠を達成

2019年

FIM ロードレース世界選手権(MotoGP)ではMarc Marquez、FIM モトクロス世界選手権(MXGP)ではTim Gajser、FIM トライアル世界選手権(TrialGP)ではToni Bouが、それぞれ最高峰クラスでチャンピオンを獲得。2016年に世界初の快挙として成し遂げた3つのカテゴリー制覇を、同じ顔ぶれで3年ぶりに達成した。一方、ペルー国内を巡ったダカールラリーでは、Monster Energy Honda TeamのRicky Brabecがワークス参戦復帰以来の総合優勝の期待がかかるも、終盤のステージで無念のリタイア。チームとしての最高位はKevin Benavidesの総合5位だった。

国内では、全日本ロードレース選手権(JSB1000)のチャンピオン奪還を目指した高橋巧が、最終戦で逆転を許し2位に。鈴鹿8時間耐久ロードレースには、ワークスチームのRed Bull Honda(高橋巧/清成龍一/Stefan Bradl)が出場し、力走をみせるも3位だった。全日本モトクロス選手権では、最高峰クラス(IA1)のタイトルを山本鯨が獲得し、前年の雪辱を果たした。


2020年

サウジアラビアに舞台を移したダカールラリーで、Monster Energy Honda TeamのRicky Brabecが昨年の雪辱を果たし優勝。ワークス復帰8年目にして、Hondaとしては31年ぶりの優勝を飾った。

モータースポーツシーズンを前に、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大。各カテゴリーで開幕が延期となり、例年と異なる日程での戦いとなった。その中でも、FIM モトクロス世界選手権(MXGP)ではTim Gajserが2年連続、FIM トライアル世界選手権(TrialGP)ではToni Bouが14年連続のチャンピオンを獲得した。

この年から、スーパーバイク世界選手権(SBK)へTeam HRCとしてエントリーし、18年ぶりにワークス参戦を再開。新型CBR1000RR-R FIREBLADE SPを投入した。第4戦アラゴンでAlvaro Bautistaが3位に入り、Hondaとしては5年ぶりの表彰台に登壇した。

FIM ロードレース世界選手権(MotoGP)では、Marc Marquezが第2戦のケガから戦線を離脱。最高峰クラス未勝利に終わる苦しいシーズンとなった。


2021年

代表取締役社長に若林愼也が就任。

各カテゴリーでコロナ禍の影響は色濃く残り、鈴鹿8耐など各世界選手権の日本大会が中止となった。

ダカールラリーではMonster Energy Honda TeamのKevin Benavidesが優勝し、チームとして2連覇を達成。Ricky Brabecが2位に入り、1987年以来のHonda1-2フィニッシュとなった。

FIM トライアル世界選手権(TrialGP)ではToni Bouが15年連続のチャンピオン。FIM ロードレース世界選手権(MotoGP)では、Marc Marquezが第3戦から復帰し、3勝を挙げた。


2022年

四輪レース部門を統合。代表取締役社長に渡辺康治が就任。

3連覇を目指したダカールラリーでは、チームで5つのステージ優勝を挙げるが、総合ではPablo Quintanillaの2位が最高位となった。


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