MotoGP

2022年シーズン未勝利に終わったMotoGP。 Honda復活のカギは?

2022年シーズン未勝利に終わったMotoGP。 Honda復活のカギは?

Honda陣営にとって2022年のMotoGPは、表彰台獲得がわずか2回(開幕戦カタールGP3位:ポル・エスパルガロ、第18戦オーストラリアGP2位:マルク・マルケス)という屈辱的な厳しいシーズンでした。この過酷な試練を経て、タイトル奪還を目指す2023年は、Repsol Honda Team(マルク・マルケス、ジョアン・ミル)、LCR Honda Castrol(アレックス・リンス)、LCR Honda IDEMITSU(中上貴晶)、という2チーム4台体制のラインアップで挑みます。
いよいよ動き出す2月のプレシーズンテストを控えた今、HRCレース運営室長の桒田哲宏にロングインタビューを敢行、前後編でお送りします。前編では、昨シーズンに勝利をつかめなかった理由とその対応、そして本格的な復活を果たしてタイトル奪還を目指すマルク・マルケス選手と今季新加入のジョアン・ミル選手について、じっくりと話を聞きました。


HRCレース運営室長 桒田哲宏
HRCレース運営室長 桒田哲宏

・・・まずは、2022年シーズンに勝てなかった理由を教えてください。2022年型RC213Vは、前年の仕様と比較して、大きく異なっていたのでしょうか。

桒田: エンジンだけではなく、マシン全体のコンセプトを変えました。ミシュランタイヤが年を経て進化していくなか、我々はフロントタイヤについては比較的うまく使えてきた一方で、リアに関しては以前からずっと課題になっていました。その課題を解消しようと長年取り組んできましたが、マシン自体のコンセプトを変えないままでは変化の伸びしろもどんどん小さくなってくるので、リアタイヤを使ってもっといいタイムを出せるマシンにすることを狙い、2022年モデルを開発しました。

 

・・・結果的には、その狙った性能を存分に発揮できなかった、ということでしょうか。

桒田: 狙っていたリアのグリップをもっと活かす、というところはある程度達成できたと考えています。けれども、サーキットによってその改善の伸びしろにばらつきがあり、安定してグリップを引き出すことができませんでした。また、我々の強みだったフロント周りをさらに改善していくに際して、リアグリップを安定して引き出せないことが顕在化したために、フロントの改善を狙ったアイテムの評価や解析が見極めにくくなってしまいました。そこに気づくのが遅くなってしまったのが、2022年シーズンの全体的な状況でした。

我々は追いかける側なので、大きくステップを踏まなければいけないと考えて、どうしても「大振り」を狙ってしまいがちです。そうやって「大振り」を狙っていた割にシーズン中の大事な方向性を見いだしきれなかったことが、昨シーズンの敗因でした。

 

・・・初夏以降、右腕の手術で欠場していたマルケス選手が9月のアラゴンGP(第15戦)で復活し、オーストラリアGPでは最後まで優勝を争って僅差の2位表彰台を獲得しました。予選・決勝レースともにずっと苦戦傾向だったHonda陣営の中で、特にあのレースでの彼は本来の戦闘力を取り戻しつつあるように見えました。

桒田: 中盤戦に欠場していたマルクは、オーストラリアでエアロパーツをアップデートしました。フィリップアイランド・サーキットのコース特性ともあいまって、明確な改善方向の成果を見ることができましたね。さらにマルク自身も、彼が求めるフィジカルの状態に近づいてきたこともあって、復帰以降の終盤戦は少しずつ成績を取り戻してきたように思います。


第18戦オーストラリアGPで通算100回目の表彰台を獲得したマルク・マルケス
第18戦オーストラリアGPで通算100回目の表彰台を獲得したマルク・マルケス

・・・それは、Hondaが2022年を通じて模索してきたことに光が見えてきた、ということでもあるのですか。

桒田: 見えてきたと思っています。空力をはじめとして、今後試していかなければならないアイディアはたくさんありますが、パフォーマンスに影響を及ぼすさまざまな要素を数値化してみても、性能を上げていく方向で進化があったことは間違いありません。2022年に苦い経験を味わったことで、マシン作りやセットアップの面で本来のあるべき姿になっていないことが改めて分かってきたので、自分たちの強みと弱みを明確にして、「ラップタイムを稼ぐにはどこに絞り込んで性能を上げていけばよいのだろう」「タイムアップに寄与する度合いが大きいところに集中しよう」という考えでシーズン後半戦から終盤にかけて取り組み、解析を続けてきました。2023年に向けて、今まさにその作業を継続して進めているところです。

 

・・・マルケス選手の体調も、レース復帰以降は着実によくなっているように見えます。実際に上記のオーストラリアGPでは最後までし烈な優勝争いを続けました。現在は負傷前に近い状態まで戻しているのでしょうか。

桒田:着実に戻ってきていると思いますよ。手術を決意して欠場を発表したムジェロ(第8戦イタリアGP)前までの状態と比較すると、今の彼は別人のようです。手術とリハビリからの復帰直後は、いくらマルクといえどもすぐに筋肉が元に戻るわけではなく、まだ足りていない部分もあったのですが、この冬の間もしっかりとトレーニングで鍛えてくれているので、現在はプレシーズンテストに備えてかなりいい状態になっていると考えています。

 

・・・マルケス選手は2020年に右腕を骨折する以前も、シーズンオフ中に肩の手術等を実施して、なかなかベストの状態でシーズンインできない年が続きました。この2023年は、おそらく5年ぶりくらいで万全に近いコンディションで開幕前のテストに臨める状態になったようにも思います。

桒田:本当にその通りで、マルクにはそれが大きなストレスになっていたんですよ。実は、これまで冬の間に肩の手術をする必要があったし、複視の問題が出たこともありました。この数年は満足できる状態でシーズンインから最終戦まで戦う、ということをできていなかったのですが、今年は久しぶりにいい状態でスタートできそうですね。

 

・・・ 2019年のチャンピオン獲得以降、久しぶりにマルク・マルケス選手らしいタイトル争いができるシーズンになりそうですか?

桒田:我々は当然、それを狙っています。マルク自身も、とても苦しい3年間を経て、今年が勝負の年だと考えて準備してくれています。だからこそ、ムジェロのときに手術ををしました。2023年を見据えていなければ、あの手術はきっとしていません。

この先、2023年のことを考えると、あのタイミングで手術せざるを得ない。「そうしなければ自分のパフォーマンスを発揮できない」という決断の元になったのは、彼のターゲットが2023年になっていたからです。だから、彼本来のチャンピオン争いをできるだけのパフォーマンスを発揮してくれると信じているので、あとは我々が作るマシン次第です。

 

・・・今年の選手ラインアップは、マルケス選手のチームメートとしてスズキで2020年にチャンピオンを獲得したジョアン・ミル選手が加わります。彼については、どんな印象を持っていましたか。

桒田:我々はもともと、Moto3時代に彼と深く付き合っていました。MotoGPに上がってくる前からずっと気になる存在で、2017年にはHondaでMoto3のチャンピオンをとってくれました。ポテンシャルのあるライダーであることはその当時から確信していて、その翌年にMoto2へステップアップしたときも注目していました。今回、縁あって2023年から我々と一緒に戦ってくれることになりましたが、スズキさんの一件に関係なく、ジョアンは我々の注目リストにはずっと入っていました。


新加入の2020年チャンピオン、ジョアン・ミル
新加入の2020年チャンピオン、ジョアン・ミル

・・・では、今年はチャンピオンライダーとしてタイトルを狙ってもらいたい、と。

桒田:もちろんそうですね。いろんな事情からここ数年はジョアンと縁がありませんでしたが、せっかくこういう縁でふたたび繋がることができたのだから、ぜひともこのチャンスを活かしたいと思っています。

 

・・・彼のスタイルはHondaの特性に合っているのですか?

桒田:やってみないと分からない部分もありますが、今年から加わってくれた彼ら二人(ジョアン・ミル、アレックス・リンス)は、手足が長く身長も高い選手です。その身体的特徴をうまく活かしながらマシンの性能を引き出して、好成績を出していたんだろうと思います。今の彼らは共に「Hondaのマシンをうまく使って走るためにはどうすればいいんだろう」と考えて取り組み始めたばかりなので、その作業をしっかりと進めていけば、彼らの能力を活かして満足のいくパフォーマンスを発揮できるようになっていくと思います。そこは、我々が大いに期待しているところでもあります。

 

・・・ミル選手のクルーチーフは、昨年まで中上貴晶選手と仕事をしていたジャコモ・グイドッティ氏が担当することになるんですね。そこが変わった理由はなぜですか。

桒田:いろんな理由があります。一つは、テストの精度を高めていいマシンを作っていくためには、レース現場の経験が豊富で評価能力の高いエンジニアが必要です。そこで、昨年までレースチームでクルーチーフだったラモン(・アウリン)にテストチームを担当してもらうことにしました。ラモンがいたポジションに、昨年までタカ(中上貴晶)と組んでいたジャコモに来てもらったのは、彼とジョアンは息の合った組み合わせとしてうまくやっていけそうだと判断したからです。タカのクルーチーフは、テストチームにいたクラウス(・ニューレス)に担当してもらいます。昨年の最終戦バレンシアGPでは、ジャコモはケガをして欠場したのですが、そのときに代打としてタカのクルーチーフを担当してくれたのがクラウスでした。比較的若い年齢のエンジニアで、タカの新しいチャレンジには適任だと思います。

 

(後編に続く)


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