高橋 巧選手 独占インタビュー「鈴鹿8耐、3連覇を達成したHRCファクトリーの真実:ライダー編」
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高橋 巧選手 独占インタビュー「鈴鹿8耐、3連覇を達成したHRCファクトリーの真実:ライダー編」

高橋 巧(たかはし たくみ)

1989年11月26日、埼玉県生まれ。2024年鈴鹿8耐で優勝し、8耐史上最多の6勝を達成。2008年全日本GP250、2017年全日本JSB1000チャンピオン。2020年SBK(スーパーバイク世界選手権)、2021~2022年BSB(イギリススーパーバイク選手権)にフル参戦。

8耐には2008年から参戦して15戦6勝(2010年、2013~2014年、2022~2024年)・表彰台は11回(1位6回、2位1回、3位4回)。出場マシンはすべてCBR(CBR1000RRファイアブレード/RR SP/RR-R/RR-R SP)と、正にCBRの申し子だ。そして今年(2024年)は2022年から続く3連覇。HRC契約ライダーとしてMotoGPのテストも行う。



鈴鹿の暑さを克服するトレーニング

高橋 巧選手は暑さに異常に強い印象がある。炎天下を1スティント走り終わっても、汗をあまりかかず、オフィシャルTVのインタビューに平然と答えている。

「暑さ対策のトレーニングは、自分なりにやりました。暑い時間、暑い場所でトレーニングする。気温が35度だろうが、何度だろうが、外でサウナスーツを着てランニングするとか。気温以上に辛い状況に身体を置いて、動かす。それだけで慣れるのかというと、慣れないんですけど……暑いものは、暑いので。でも、やらないよりマシだったような気がします」(高橋選手、以下同)

普通なら脱水症状を起こしてもおかしくない。

「今、スポンサーさんからサプリメントを提供していただいているんですけど、そういうものである程度身体を管理しているつもりです。必要なものをちゃんと摂取していれば、そこまで酷い脱水症状を起こさないんじゃないかと思います。トレーニングの時間ですが、8耐の1スティントは約1時間で、セーフティカーが入るともう少し長くなりますから、1時間以上は動き続けるようにはしています。30分しかトレーニングをやらなかったら、残りの30分でどうなるのかわからない」

鈴鹿8耐に向けたトレーニングはいつ開始するのだろう?

「全日本に出場しているので、日頃からトレーニングはやっていますが、暑さ対策をやるようになるのは5月~6月頃です。暑くなりそうな日を狙って、外でトレーニングしたり……ルーティーン+暑さトレーニングですね。自分では普通の人以上に暑がりだと思います。だから、暑いのは好きじゃない。(暑さ対策のトレーニングもしているから)8耐はそんなに苦じゃないですけど、みんなと同じように1時間走るので辛いことは辛い。正直に言って、好きなレースじゃないんです。でも、1回勝つと『また出なくてはいけないかな』と思うし、『出るからには勝たなくてはいけない』とも思います」

「8耐が好きではない」という理由は、誰かとペアを組まなくてはいけないだとか、レースが長いから不確定要素が多いとか、自分ではコントロールできない要素が多いからだろうか?

「いえ、そういうことは何も感じていなくて、身体的に辛いレースだからです。8耐が好きな人はいないんじゃないですか。辛いから」

そんな辛いレースなのに8耐史上最多の6勝だ。

「1年に1回しかないレースですし、そこで宇川 徹さん(5勝)の記録をやっと超えられた。だから、そこから記録を伸ばしていきたい。記録を伸ばすには、出なくてはいけないので、毎年辛い思いをするわけです」


2024年型CBR1000RR-R「高橋 巧仕様」仕上がりは60~70%


高橋 巧選手
高橋 巧選手

前2回大会は、長島哲太選手を軸にチームを作り、マシンも彼を中心に開発された。だが、今回は高橋選手を軸にしたチームで、マシンも完全に高橋選手が開発した。2024年はベースマシンも変更されている。2024年型CBR1000RR-R ファイアブレード/SPは、エンジン特性でいえば低中速重視、車体でいえばあえて剛性を落とし旋回性を向上させている。

「ある程度、自分好みになっちゃいますよね。乗りやすく、速くしたいなと思ってやっていたつもりなんですが。マシンが今年ガラッと変わったので、結果的に勝てたから良かったものの、正直にいって良い仕上がりになっていたとは思っていません。プライベートテストをやっているので他チームより有利とはいえ、『テスト回数が2回では少ない』と言っていました(合同テストも2回あったが)。だから、マシンはまだまだ伸びシロがある状態です。8耐時点で60~70%の出来だったのではないでしょうか。それが90%ぐらいになれば、予選で更にラップタイムが出るだろうし、決勝ももっと楽に乗れるでしょう」

ベースマシンが旋回性を向上させたのだから、8耐仕様のHRCファクトリーマシンもその特性を引き継いだものになるのが普通だ。ベースマシン自体はSBK(スーパーバイク世界選手権)で使われている剛性の低いピレリタイヤを念頭に開発されており、それ故のフレーム剛性ダウンだったのではないかと想像される。一方、8耐では剛性の高いBS(ブリヂストン)タイヤだ。そこでHRCファクトリーマシンでは、どう調整していたのか?

「最初、全日本でキット車に乗ったBSタイヤ+CBRユーザーは、みんな不満だったんじゃないでしょうか。BSタイヤに対してフレームの剛性が不足している。(接地面を広げるために)タイヤをツブし切る前にフレームが負けている感じでした」

「そこからフレーム剛性を上げる方向で話をさせてもらいました。だた、フレームとスイングアームのバランスもありますので(キット車は、剛性のあった従来型用スイングアームから変わっていない)。HRCは関さん(鈴鹿8耐マシン開発責任者)が最初に全日本に来てくれて、そういうコンプレイン(訴え、不平)が伝わって、それで8耐仕様が出来上がって、(BSタイヤでも)最初のプライベートテストからそこそこ乗れました」

「全日本でも8耐以後、外せる物を外したりと(マシンの)重量を軽くしたり、チームで各々やっていますが……8耐仕様(HRCファクトリーマシン)は、フレームの弱い所が分かって補強していて、スイングアームも新しく、当然重量とバランスも変わって、剛性も重量も計算されて出来たマシンです」

つまり8耐仕様のHRCファクトリーマシンは、キット車とはまるで違っていたのだ。

「プライベートテストの1回目は、あまり信用していなかったんですが、けっこう良くて、最初からラップタイムも2分5秒台は出ていた。まあ、(5月下旬で8耐よりも)気温が低かったのもありますけど、全日本の車両では2分6秒も出ていなかったと思います」


ダンロップコーナーをインベタで回る仕上げ

そうはいっても、従来型と同じような乗り方では2024年型の特性に合わない、そう高橋選手は考えていた。例えば、2023年型と長島哲太選手はベタベタにフルバンクして、その時間も長かったが、2024年型と高橋選手はフルバンクの時間が短く、ダンロップコーナーなどではインをカットするほどインベタで抜けていくのだ。

「ライダー側でも走らせ方を変えた方が、(2024年型の)良い所を引き出せるかもしれないと思っていました。昔からダンロップコーナーは、インベタのラインが良いと自分は思っていて、それに合わせてマシンも作っていますから」

2024年型8耐仕様は高橋選手が仕上げたので、高橋選手のラインで走った方が速く、無理なく走ることができる。チームメイトのヨハン・ザルコ選手と名越哲平選手は、高橋選手のマシンセットアップをいじらずに、乗り方や走行ラインを学習して実戦に生かしていた──ザルコ選手はこう言っている。

“僕には、どんなマシンでも乗りこなす自信があるし、MotoGPライダーだから速さがある。そして、タクミは鈴鹿マイスター。彼の出したセッティングを崩さずに、自分を対応させることが課題だ。パワーがあって強くブレーキングするMotoGPと違い、8耐のCBRは高速でスムーズに走らせる必要がある。だから、電子制御のないMoto2のように、走り込んで対応すればいい”

ザルコ選手は逆バンク(右コーナー)からダンロップコーナー(上り左コーナー)にかけて、右ヒジ擦りから左ヒジ擦りへ、誰よりも鋭く、かつスムーズに切り返すのだが、ダンロップコーナーは、インベタの高橋ラインだ。

「マシンをそういう風に作っちゃっているから、そのラインで走るのが一番良いし、走りやすいんだと思います。ザルコはひとつ下で年齢も近く、僕が鈴鹿8耐に15回出ていて、5回勝ってることを事前に知ってくれていた。彼好みのマシンじゃなかったかもしれないけど、『このマシンはこういう風に走れば速く走れる』と理解してくれた。データなどを見て、僕の良い所は取り入れてくれたと思います」

インベタラインのマシンに仕上がっていることを、高橋選手は最初にチームメイトに伝えたそうだ。

「ザルコは初めて鈴鹿に来て、僕の『後に付いて走りたい』と言うので一緒に走ったり、逆に僕が彼の後ろに付いて走ってとか……ここは、こうした方が良いんじゃないかとか、そういう話もしていました。(名越)哲平には、『こう走った方がタイヤに優しいし良いよと。そうしやすいようにマシンもなっているから』という話はしていました」

MotoGPライダーならプライドが強く、自分の好みのセッティングなどを要求しそうなものだが、ザルコ選手はクレバーで『自分はスポット参戦ライダー』といって、主戦ライダーである高橋選手を信頼し、それが勝つために最善の方法だと認識していた。

また、ザルコ選手はHRCファクトリーマシンのトラクションの良さに着目していた。「YARTヤマハは最終コーナーでリアがスライドしているけど、HRCのマシンはそこは我慢できて、続くストレートで伸びる」トラクションの良さはエンジン特性に起因している。

「トラクションが上手くかかるようなマシンになっていました。エンジン特性を比べると従来型は下がなかった。CBRが新型になった2020年から主張し続けていたのは、コーナーがある以上、下からの加速は大事だということ。最高速が5km/h速いより、そこに到達するスピード(時間)の方が大事なんです」

「それはBSB(イギリススーパーバイク選手権)に行ったときにすごく感じました、馬力があれば良いってもんじゃないんです。イギリスは小さなコースが多いから、下がなかったら何もできない。その時のチームメイトが速かったのは、単にコースを良く知っているからマシンの弱点を補うことができていただけ。2024年型は、狙っていた方向が良かったんじゃないですか。改善できたことは今後に向けても良かったと思います。ストレートでも、ライバルより間違いなくHondaの方が走っていた。そして燃費の良さですね。それも武器にできました」


2024年「Team HRC with 日本郵便」のライダー3名。左からヨハン・ザルコ選手、高橋 巧選手、名越哲平選手
2024年「Team HRC with 日本郵便」のライダー3名。左からヨハン・ザルコ選手、高橋 巧選手、名越哲平選手

レースタイヤでトップ10トライアル!?

ところで、今までトップ10トライアルには出場していなかった高橋選手なのに、2024年は出場している。

「正直いって(8耐では)予選はどうでもいいし、トップ10トライアルも走らなくていいのです。だから、昨年までは哲太、イケル(レクオーナ)やシャビ(ビエルヘ)に走ってもらっていた。今年は『何で走らないの? ラップタイムが出てるのに』って言われて……ザルコと哲平が走りたいというならそれでも良かったんです、ラップタイムでも同じぐらいでしたから」

「結局、僕が走ることになっても(予選用の)軟らかいタイヤを履かず、(決勝用の)硬いレースタイヤで行きました。哲平やザルコはタイムアタックする時などは軟らかいタイヤを履きましたが、僕は(軟らかいと)タイヤがつぶれ過ぎてマシンの姿勢が変わってしまうのが嫌だったんです。だからレースタイヤで走りました。あの時期はタイヤウォーマーを使えば、レースタイヤでも1ラップすれば暖まり、タイムは出せます」

ソフトタイヤ用のセットアップをすれば、よりラップタイムを出せることは高橋選手も承知していたが、決勝前にマシンの仕様を変えたくないのだ。トップ10トライアルには高橋選手とザルコ選手が出場し、高橋選手は2分05秒621、ザルコ選手は2分05秒553をマークして3番グリッドを獲得(ちなみに名越は予選で2分05秒980を出していた)。

レースタイヤでも高橋選手のいう通り、速いラップタイムは出せるのだ。ポールポジションはYARTヤマハで2分05秒130。トップ5に入っていれば良い、というチームの方針通りの結果だった。

「前後新品タイヤの時はガソリンも満タン。あくまで決勝と同じ条件で。それで8耐ウィークでは、自己ベストだったと思います」

ちなみに全日本JSB1000で高橋選手は、2019年11月9日のMFJグランプリ予選で2分03秒592のオールタイムラップレコードを出している。


第1スティントの重要性

そして決勝。高橋選手はスタートライダーだった。第1スティントは重要で、レース展開を左右するからだ。

「今年はYARTヤマハ(ニッコロ・カネパ選手)がトップで逃げて、それをTeam KAGAYAMA のDUCATI(水野 涼選手)が追って、ギリギリで抜いたりけっこうやり合っていた。(中盤まで3番手にいた高橋選手は)『この2台は危ないな』と思って後ろで見ていました。第1スティントは2ラップ(サイティングラップとウォームアップラップ)余計にあるからキツイ」(それで27ラップ走る)

「ストレートで全開にしなくて済むようにスリップストリームに着いて、コーナーではタイヤに無理させないようにする。最初の30分ぐらいは、そんな感じの方が僕は良いと思っている。でも、今年は思ったほどペースが上がらなかったので、10ラップ目にトップへ出たんです。一旦、前に出たら徐々に(2位以下が)離れていったんで、このペースでいいと判断しました」


#2 DUCATI Team KAGAYAMA 水野 涼選手(パニガーレV4R)との接戦
#2 DUCATI Team KAGAYAMA 水野 涼選手(パニガーレV4R)との接戦

ソフトタイヤを選択したことが原因でYARTヤマハが徐々に遅れ出した。高橋選手は10~14ラップまでトップだったが(3秒以上のリード)、14ラップ目の途中で水野選手にトップを譲っている。その直前にはセーフティカーが入るが(フルコースコーション)、僅か14~15秒で解除され、次に転倒があり部分的にイエローコーションですぐに解除と、混乱したコース状況だった。15ラップの高橋選手のラップタイムは2分17秒802。その1ラップ前(14ラップ)は2分7秒795だった。その後(16ラップ)は2分7秒802に回復してトップに返り咲いている。

「オフィシャルが素早く処理してくれたのは良いんですけど、せめてグリーンフラッグを出してほしかった。セーフティカーの表示は見ているので、ペナルティは受けたくない。それで(水野)涼が追い付いて僕を抜いてきたので、一応OKだなと確認できたからペースを上げました」

すぐに高橋選手は水野選手を抜き返した。2分07秒台で走りながら、高橋選手は冷静だった。そして、第1スティントで2番手に約10秒の差を付けた。

「もし、ヤマハやDUCATIが2分06秒台だったとしても、対応できましたよ」

名越選手の脱水症状により、予定外の最終スティント=チェッカーライダーを託されたのも高橋選手だった。

「ポジティブに言えば、スタートにチェッカーと良い所取りなんですけど、『責任重大』とも言えますね(笑)。哲平は、今年の8耐では初めてのHRCファクトリーだし、トップを走っているプレッシャーは想像以上に辛かったのだろうと思います。しかも暑い時間帯に走っている。でも、先輩として言わせてもらえれば『暑さ対策のトレーニングをもっとしておこうよ』と」


意味不明のピットサインボード

終盤で波乱もあった。HRCのピット作業で、給油マン以外のクルーが給油中にマシンに触ったとして、+10秒のストップ&ゴー、または+40秒(ゴールタイムで40秒加算)のペナルティを課せられたのだ。結論としてチームは+40秒を選んだのだが、チームはこれを高橋選手にどう伝えるか悩んだ。そして、それまで+50(リードが50秒)だったピットサインを+10にして表示した。リードが40秒減ったのだ。

「ギャップがいきなり減り過ぎたものだから、違う人のピットサインを見ているんだと思いました。でも、僕が通過するときに出ているから……」

ピットが終わる1コーナー寄りの場所にタワーがあり、そこに順位と残り時間が表示されている。タワーは高いので、相当首を上げて見ないといけない(ストレートで伏せているから辛い)。そこで高橋選手は、残り時間を確認した。

「タワーで見ると残り5分もなかったので、『残り2ラップで10秒も縮められることはないだろう』と考えましたが、理解しようもないですよね。まさかペナルティが出ていたなんて」

結果は、HRCファクトリーは40秒を加算した8時間01分29秒693で優勝。2位YARTヤマハとの差は7秒860だった。ゴール後、真相を知らされた高橋選手。給油リグを抜く前に、リア担当のメカニックがスイングアームスタンドを下ろしたのだ(マシンに触った)。『ハイ』という合図が、給油満タンの合図なのか、給油リグを抜いたという合図なのか、あるいはどこか他からの『ハイ』だったのか……+40秒の原因を作ったメカニックは謝るしかなかった。

「そのメカニックは昔からやっている人で、『ホント、ごめん』と真剣に謝ってくるので、『別に勝ったから良いですけど、負けてたらボコボコに……』と冗談半分で言いました。その映像を見ましたけど、そこはチーム側と、メカニック側の連携が取れていなかったのだと思います」

ルーティンではないピット作業だからこそ確実さが求められるのだが、給油もいつもとは異なる量(少ない)で、メカニックにすればいつものタイミングではなかった。

「冷静に考えれば50秒ぐらいリードはあるんだから、そんなに焦ってやる必要はなかったんですけど、1秒でもピット作業で縮めておきたいという気持ちで、最後までやってくれたからこそのミスだったと思います。ライダーにしてみれば、ピット作業で1秒縮めてくれるというのは、ありがたい。だから、7秒差でも勝ちは勝ちなんで、僕は気にしていませんけど」

50秒差でも7秒差でも、勝ちは勝ち。CBR1000RR-Rファイアブレード/SPは3連覇を達成し、高橋選手は前人未踏の8耐6勝をあげたのだった。


HRCとしては鈴鹿8耐3連覇、高橋 巧選手は鈴鹿8耐で前人未到の6勝を達成した
HRCとしては鈴鹿8耐3連覇、高橋 巧選手は鈴鹿8耐で前人未到の6勝を達成した

記事執筆:石橋知也 写真撮影:柴田直行/Honda 記事編集:上野茂岐



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