Formula 1

Behind the Scenes of Honda F1 2021 -ピット裏から見る景色- Vol.14

こんにちは。現在、角田選手担当のトラックサイド・エンジニアを担当している壬生塚です。僕の担当分はこれが最終回。F1のPUエンジニアの仕事のイメージが伝われば幸いです!

Behind the Scenes of Honda F1 2021 -ピット裏から見る景色- Vol.14

その前に、先日発表された鈴鹿サーキットでの日本GPの中止は非常に残念に思っています。この無念を晴らすためにも、来週末のベルギーGPで再開されるシーズンの一戦一戦をしっかりと戦い抜きたいと思います。

さて、前回は今回のF1プロジェクトに加わって以降、駐在して開発の仕事をしていたところまでお話をしていきました。最終回の今回はその後、初めてF1でサーキットでの仕事をすることになった部分から話を始めようと思います。

―F1のトラックサイド・エンジニアとして

イギリスにあるHRD-UKのテストベンチで2017-2018年を過ごした後、2019年からはサーキットでのトラックサイド・エンジニアの仕事をせよという辞令がおります。トラックサイド・エンジニアの仕事は第2回にも書いた通り、2014年に国内のカテゴリーで経験済みでしたが、それでもこの時は「なかなか厳しいな」とは思いました。

というのも、Honda F1のトラックサイド・エンジニアは、「システムエンジニア」と「PUエンジニア」の2種類がある(詳細は第2回をご参照ください)のですが、これまでは最初にシステムエンジニアを担当した後に、PUエンジニアになるという段階を踏むのが通常でした。しかし、僕がそのとき言われたのは「いきなりPUエンジニアをやりなさい」というものでした。



実際にトラックサイド・エンジニアの仕事を始めた2019年シーズン当初は、自分の中でのPUエンジニアとしての出来は本当にボロボロだったと感じています。憧れではありましたが、F1のサーキット現場は初めてでしたし、インターコム(チーム内の無線)を通して、数多いるHondaやチームのエンジニアと話をしなくてはいけないというのも初めてでした。もちろん、それまでの経験からそこで何を話すべきという知識はありましたが、それを実際に声に出して百戦錬磨の同僚たち相手に仕事をしなければいけないのはまた違います。

ましてや、何が起こるかわからない、一瞬一瞬が勝負のレースという環境でそれをやらなくてはいけないのは、最初は大きなプレッシャーでした。ただ、いくつかのレースをこなしてみると、自分が今までしてきたベンチや、Super Formulaでのサーキットの経験などを基に「自分が持っているベースが通用するんだ」と感じられるようになり、その後からはインターコムなどでもチームに自信を持って話せるようになりました。PUの技術面や英語にも共通しますが、「地道に積み上げてきた経験や実績・努力は、自分を裏切ることはないんだ」と改めて感じられた瞬間でした。



―2019年の復帰後初勝利、実は喜べませんでした

2019年、僕自身はToro Rossoでクビアト選手の担当をしていましたが、Hondaとして最も大きなトピックは、Red Bullのフェルスタッペン選手がオーストリアで挙げた初勝利だったと思います。自分が小さな頃から憧れのHonda F1で、チーム一丸となってあげた初勝利です。



ただ、正直なところ、僕自身は、レース後にはその勝利を全く喜べなかったということをよく覚えています。特に2019年のオーストリアGPは、僕の担当のToro Rossoは酷暑の中で冷却面で苦しみ、PUとしても四苦八苦という状況で、ポイントも取れずに非常に悔しいレースをしていました。Hondaにとって記念すべきF1復帰後の初勝利でしたが、僕は表彰台にも行っていません。

僕の前にこのコラムを担当した同僚のライティも言っていましたが、他のチームはもちろん、同じチームの横のマシンもライバルですし、誰にも負けたくないです。同じマシン、同じPUであっても、自分のドライバーでなければあまりうれしくありません。僕に限らず、自分のドライバーを持つというのはそういうことなんだと感じます。その辺りは第三期の頃の先輩もみんな同じだったようですし、それだけみんな自分のドライバー、自分のレースに入れ込んでいるということだと思います。

そのような悔しさがあっただけに、その2戦後のドイツGPで、雨のレースでクビアト選手と一緒に3位表彰台を獲れたことは本当にうれしかったです。レース自体が波乱だらけのドキドキの展開でした。表彰台はもちろん格別でしたが、一方で、2番手を走っていて、最後にフェラーリに抜かれて3位になった展開は悔しく思っているので、100%うれしかったかと言われるとそうではないですし、もう少し何かやれることがなかったのだろうかと思った部分もあります。



レース後にクビアト選手が僕のところに来て本当に喜んでくれたのをよく覚えていますが、その時に冗談交じりで「モア・パワー」とも言っていたので、そういう声に応えてあげたかったという想いもあります。

2019年はToro Rossoとしてそれ以外にもガスリー選手がブラジルGPで2位になりましたし、チームが強くなっていくのを間近で感じていた年でした。

パートナーシップ初年度の2018年はポイントを獲って大騒ぎでしたが、今年(2021年)などは全くそんなことはないですし、本当にすごく成長したなと思っています。Hondaの成長とToro Rosso/AlphaTauriの成長がリンクしているのもうれしい部分で、互いのハードウェアは言うまでもなく、それ以外に、レースオペレーションや事前の準備なども一緒に色々と改善してくることができました。とてもうれしいですし、今のRed Bullの快進撃は間違いなく彼らと一緒に成し遂げてきた進歩のおかげです。Toro Rossoと再スタートを切った2018年には「ここで頑張れないと最後だ」だと思っていましたが、本当に、頑張れてよかったです。

―サーキット現場を離れて分かったこと

コロナ禍で変則的になった2020年シーズンを終えた後、業務ローテーションの一環として、2021年序盤に僕は一旦サーキット現場を離れます。そして、HRD-UKのミッションルームで、レース時にリアルタイムに遠隔でPUの状況を見る仕事に移りました。そこでは、過去2年間に自分がトラックサイドにいて、「ファクトリー側からこういうサポートがあればいいのに、こういうデータがあればいいのに、こういう無線があればいいのに」と思っていたことを、自分の裁量でやらせてもらえることになりました。結果として、トラックサイド・エンジニアに対するサポートの質を向上することができるようになったと思っていますが、2年間のサーキット経験なしでファクトリー業務をやっても、こういう形にはならなかったはずです。



また、結果的に4台のマシンのPUのデータを同時に見たりといったこともできたのですが、このことも自分に大きな成長を与えてくれました。4台のマシンを担当するPUエンジニアたちが、それぞれどのようにPUを設定しているか、また、その際にチームやドライバーとどのようなコミュニケーションを取っているのかを俯瞰的に見られたことは、大きな収穫でした。

当然、それ以前もHondaのエンジニア内で情報共有は綿密に行っていましたが、担当ドライバーを持たない一歩引いた立場からフラットな目線で見ると、それぞれのデータがまた違うように見え、新たな発見が多かったです。数か月という短い期間でしたが、「こうしたら速くなる」というアイデアや打開策を冷静に見られるようになり、結果として、自分自身のエンジニアとしての引き出しが大きく増えた時期になりました。

―現場へ戻り、角田選手と働くことに

その後、今年の途中から再びサーキットのトラックサイド・エンジニアとして復帰し、角田選手を担当することになります。自分としては一度外から見させてもらい、エンジニアとして一回り大きくなって戻って来られたと感じているので、それを試してみたいなという想いも強いです。自分を試す場を与えてもらえたこと、ドライバーとチームに今までよりも多くのサポートができるであろうことをうれしく感じていました。

また、なんといっても、Hondaの最終年に日本人ドライバーを担当させてもらえていることがうれしくてなりませんし、実際にとても楽しんで仕事をしています。角田選手については、昨年11月にイタリアで行ったF1マシンの初ドライブから担当していますが、とても器用なドライバーだなと感じています。



チーフエンジニアの本橋さんもコラム内で言っていましたが、PUのエネルギーマネジメント(レース中のバッテリーの充放電等、電気エネルギーの使用方法)に関する理解の深さは、これまでのHondaのドライバーの中では断トツです。こういった部分への関心は、ドライバーごとに様々で、人によってはあまり内容を理解せず、レースなどの際にはこちらのモード変更の指示に忠実に従うタイプの人もいます。

角田選手は、この点にとても関心を持っており、いつエネルギーをためてどのタイミングでさらに順位を上げるために使うのかという部分を自分で考えています。説明している際の理解力・吸収力も高く、質問する内容も深く掘り下げてくるので、とても頭がいいドライバーだなと感じます。ドライビングスタイルについては、僕が今まで一緒に仕事してきたドライバーの中では一番アグレッシブかもしれません。若さもありますし、パッションが見えるタイプのドライバーです。

―悲願の達成を目指して

よく聞かれるのですが、「これまで一番うれしかったレースは?」と言われると結構悩んでしまいます。エンジニアであれば、普通は自分の担当ドライバーが表彰台に上がったレースを言うのかもしれませんが、僕で言うと「今年のレースのどれか、もしくは全般」という回答になるかもしれません。

皆さんもレース結果を見て感じるかもしれませんが、今年はHondaのPUの完成度が非常に高いと胸を張って言えます。こんな風に誇りを持って言えるのは、自分自身がキャリアのほとんどで開発側にいたこともありますが、それに加えて、今年オペレーション側にいる立場としても「これをやりたいな」ということがほぼすべてできることも一因です。PUのパフォーマンスがいいだけでなく、壊れませんし、チームとの信頼関係も強固なので「あれを試してみたい。これをやってみよう」という話をきちんとできることも大きいです。



自分だけでなく他のエンジニアも同じですが、「もっとよくしたい」という想いがある人が提案して、それを反映していい方向に進んでいけていると感じています。開幕の段階でPUの完成度がこれまでで最も高い状態で始められたことも大きいですが、そういったことすべて含め、これまで僕たちが積み上げてきたことが、開発側・オペレーション側ともに花開いている状態ではないでしょうか。まさに、集大成の年にふさわしいと感じます。「どのレースというわけではなく、今年が一番うれしい。」というのは、そういった理由です。

このような状態でHondaが、僕たちがF1を去ること、辞めることについては、サーキットでチームと一緒に働いていることも関係するかもしれませんが、「なんで今なんだろう。もったいないな」とは感じています。もっとも、会社が決めたことですので、そういうものだと理解していますし、自分としてはこういったチャンスを与えられていることに感謝をして、この先のレースも精一杯戦っていくのみです。



言うまでもなく、Hondaとして目指すのは悲願のチャンピオンシップ獲得です。また、AlphaTauriとしては、チームにとって過去最高のコンストラクター5位を獲得したいと思っています。2019年にToro Rossoとして6位を獲得し、2008年に並ぶ過去最高タイの成績を得た際も嬉しかったですが、それを超えて終幕を迎えられたら最高だなと思っています。

そしてドライバー担当として、また一日本人F1ファンとしても、角田選手をなんとかして表彰台に上げられるようにしたいです。Hondaとして残されたのはあと12戦だけですが、最後に皆さんと一緒に笑ってこの舞台を去ることができるよう、日々努力を重ねていこうと思っています。残されたレースは少ないですが、この先も最後まで応援してもらえたらうれしいなと思います。


レポート公開日
戻る