スーパーバイク世界選手権 開幕直前2023シーズンプレビュー
モータースポーツの魅力は、”スピード”と”抜き合い”に尽きる。同時にスタートしてイチバンを競う。それは陸上競技のトラック種目や、自転車のロードレースも同じだが、モータースポーツは、サーキットという広大な舞台で、スピードが300km/hを優に超えるという点では異色である。日常では経験できないスピードで、イチバンを競う。それが最後の最後までどちらが勝つのか誰が勝つのかわからないとなれば、興奮するし、見る者を完全に魅了する。
モータースポーツの中でも、サーキットを周回するロードレースは、大きく分けて、ふたつ。レース用として開発されたマシンで競う「ロードレース世界選手権」(MotoGP)と、一般に販売されているバイクを使って競われる「スーパーバイク世界選手権」(SBK)に分類される。SBKは4気筒1000cc、2気筒は1200ccを上限に、各メーカーのロードスポーツ車のトップモデルであるモンスターマシンをベースに、そのバイクをチューンしてレースに挑む。どのメーカーも最高馬力は240馬力前後と推測されるし、最高速はサーキットによって多少の違いはあるが、300km/hを越える。
現在、SBKに参戦するのは、Honda、ヤマハ、カワサキ、ドゥカティ、BMWの5メーカーで、どのメーカーも4気筒1000ccのモデルを投入している。Hondaはロードモデルのトップモデルで人気の高い「Honda CBR1000RR-R FIREBLADE」をベースにしたマシンで参戦。MotoGPクラスを戦う世界最速RC213Vのエッセンスを存分に盛り込んだエンジンは、Honda史上最も優れた直列4気筒エンジンである。
SBKは、1988年に当時のビッグモンスターである750ccでスタートした。Hondaはその前年の87年に生産を開始したVFR750Rで参戦し、88年、89年と2年連続でタイトルを獲得した。その後、4気筒750ccに対し、2気筒エンジンは1000ccまでのマシンの参加ができたことから、1000ccV型2気筒のVTR1000SP-1にスイッチ。このマシンでもタイトルを獲得した。その後、2004年にレギュレーションが変わり、1000cc(2気筒は1200cc)となった。この年からHondaは、CBR1000RRで参戦を開始。以来、モデルチェンジを経て、現在のCBR1000RR-R FIREBLADEに至っている。
2023年に参戦する「Honda CBR1000RR-R FIREBLADE SP」は、市販車の状態では、世界最高と呼ばれる最高出力160kW(14,500rpm)=(約218馬力)を誇り、このマシンをベースにチューンを施したレース用マシンは、さらに馬力がアップしている。
このマシンでHondaは、昨年、スペインのカタルニア・サーキットで333.3km/h、オーストラリアのフィリップアイランドで326.3km/hの最高速をマーク。SBKでは世界最速を誇った。まさに「CBR1000RR-R FIREBLADE」のユーザーは、実際に経験できない300km/hオーバーのパフォーマンスを、自分のマシンに重ね合わせ、感動することになる。
SBKは、市販車をベースにしたマシンで戦うということで、Hondaはワークスチームでの参戦を長らくしてこなかったが、2020年にTeam HRCとしてワークス活動を再開した。今年は、HondaがSBKにワークスチームを投入して4年目のシーズン。この3年間、着実にパフォーマンスをあげてきた「CBR1000RR-R FIREBLADE SP」で初優勝、そしてタイトル獲りに挑むことになる。
昨年は、スペイン人のイケル・レクオーナ、チャビ・ビエルゲの若手2人を起用して参戦した。レクオーナは、ロードレース世界選手権のMoto2クラスで活躍、その後、MotoGPクラスの経験を経て、2022年にTeam HRCに抜てきされた。1月に23歳になったばかりのレクオーナは、若くてハンサムで元気あふれる走りでファンのハートをつかんでいるが、デビュー2戦目のオランダ大会のレース2で3位初表彰台を獲得。第8戦カタルニア大会では初ポールポジションを獲得するなど、随所で速い走りを見せた。シーズン終盤はケガのために2戦を欠場したが、昨シーズンをこう振り返った。
「昨年は多くのことを学び、バルセロナではポールポジションを獲得した。アッセン(オランダ大会)では、まだシーズン序盤ということで自分自身にあまり期待していなかったが表彰台に立つことができた。それ以降も、表彰台争いを視野にレースを戦えた。タイヤも初めて使うピレリで、タイヤの特性の違いも学べたし、スーパーバイクは1大会3レース制でそれに慣れるのもたいへんだったが、今年は22年に学んだことを活かしたい」
その後、2023年シーズン開幕に向けて、レクオーナはスペインのヘレス、ポルトガルのアルガルベでテストを行った。今年、大きな成長が期待されているレクオーナは、新車のシェイクダウンに始まり、マシンとタイヤのテストに集中して上々の滑り出しだった。レクオーナは、「2日間いい仕事ができたし、何よりもマシンに乗るのがすごく楽しかった。それがイチバンの収穫だった」と語った。
マシンに楽しく乗れているというのは、それだけマシンのセットアップが決まり、自分の思い通りに乗れている証拠でもある。どのカテゴリーでも、「乗るのが楽しい」と語る選手が、これまでもいい成績を残しているし、それだけに、どんな走りを見せてくれるのだろうかとワクワクさせてくれる。
続くポルトガルテストでは、「開幕に向けて予定していたテストメニューをほぼこなした」と万全をアピール。止める、曲げる、加速する、というハイパワーマシンを操る最大のテーマをしっかりとこなしたのだろう。自信あるコメントだった。昨年は、SBK1年目ということで、MotoGPでは走ったことがないサーキットも多く、それがハンディキャップになっていたが、2年目は経験するサーキットばかりになる。シーズンを通して、レクオーナの名前がサーキットで連呼されるのは間違いない。
チームメートのチャビ・ビエルゲは、レクオーナと同じスペイン出身の25歳。レース用マシンで戦うMotoGPのMoto2クラスの経験が長く、昨年、レクオーナとともにHRCの期待の中で抜てきされた。昨年はレクオーナ同様、初めて経験するサーキットが多かったが、それでもシーズンを通しシングルフィニッシュを続けるパフォーマンスの高さを見せて総合10位だった。
「昨年はすべてがビッグチャレンジだったし、決して楽なシーズンではなかった。でも、いくつかの大会では好成績を残せたし、自分たちのポテンシャルを発揮することができた。今年は多くのサーキットを経験済みだし、ピレリタイヤもHonda CBR1000RR-R FIREBLADE SPの電子制御も理解できた。今年は開幕に向けてベースのセッティングを決めるだけ。テーマは絞れている」
そしてスペインで行われた初テストでは、昨シーズンできなかったことからテストを開始して、順調にテストメニューを消化した。2日間のテストを終えたビエルゲは、レクオーナ同様、明るい表情でこう語った。
「今年の初テストは、日本からHRCのスタッフが大勢来てくれて、それだけでもモチベーションはあがった。いくつかのステップを踏みながら、順調にセットアップが進んだ」
続くポルトガルテストでは、さらに前進することに成功し、ビエルゲのコメントも弾んだ。
「前回のヘレスでは、いろんなテストをして方向性を探った。今回は、ラップを重ねるごとにさらに方向性が見えてきたし、レクオーナとともに本当に多くのメニューを消化した。昨年に比べて今年は大きな自信の中で開幕戦オーストラリア大会を迎えることになる。暖かいオーストラリアで開幕戦を迎え、第2戦が熱帯のインドネシアというのも僕にはうれしい。開幕が待ちきれないし、今年がどんなシーズンになるのか。楽しみで仕方がない」
そんな2人に対して、Team HRCのレオン・キャミア監督は、2年目のシーズンに向けてこう語った。
「昨年は、2人の若いルーキーにとって、本当に多くのことを学ぶシーズンになった。我々もシーズンを通して、彼らのポテンシャルを確認することができた。初めて経験するサーキットで、そして、これまでとは異なる環境の中で素早く適応する姿に感銘を受けた。今年はそうした経験を活かすシーズンであり、金曜日からレースパフォーマンスに集中し、土日の予選と決勝に挑めるはず。今シーズンはまもなく開幕するが、今年の目標は、昨年より一歩前進すること。すでにトップスピードは申し分ないものだが、さらに、あらゆる分野で改善していきたい。Hondaは日本で全力をもって開発を続けており、正しい方向にマシン開発が進んでいることを確信している。SBKは厳しい戦いが続いているし、いますぐにタイトル獲得するというのは難しいが、タイトル獲得が我々の目標であり、達成するまで努力をしていく」
HondaワークスがSBKでタイトルを獲得したのは、コーリン・エドワーズがVTR1000SP- 1で獲得した2002年が最後。以来、Hondaは21年までワークスチームとして参戦はしていないが、2006年にジェームス・トスランドがオランダのチームからCBR1000RRで出場し、タイトルを獲得している。今年は、ワークスチームとしては02年、Hondaとしては06年以来のタイトル奪還に挑むことになる。
”速さ”と”抜き合い”が人々を魅了するSBKの23年シーズンは、オーストラリアで開幕し、世界を舞台に全12戦が行われる。2月25日に開幕するオーストラリアのフィリップアイランドでTeam HRCがどんなレースを見せてくれるのか。SBKの1大会3レースの熱い戦いに世界が注目することになる。
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