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藤波貴久 26年の軌跡 Part3 ~復活、そして伝説へ~

2021年9月19日、26年の世界選手権参戦に終止符を打った藤波貴久。日本人唯一のトライアル世界選手権でのチャンピオンを獲得したレジェンドの半生を振り返る。今回は大けがから復帰した2014年から引退までの物語

藤波貴久 26年の軌跡 Part3 ~復活、そして伝説へ~

インドア世界選手権、X-Trialへの参戦を休んでアウトドア世界選手権に的を絞った2014年、前十字じん帯は切れたままだから、当初からかなりの苦戦を覚悟だったが、なんの、フジはまだまだ終わらない。みんなが望んでいることを、最大限に、いやそれ以上に実行してみせてくれるのが、フジガスだ。

じん帯が切れたまま世界のトップを争うのは、相当な無理を承知で戦わなければいけなかった。戦う相手は故障のない(少ない)ライダーばかりだから、苦戦はまぬがれない。

ところがフジは、開幕戦のオーストラリアGPで、いきなり勝利をおさめた。これは周囲もびっくり、本人もびっくりだった。続いて日本GPでも3位表彰台を獲得。ケガをしたこの年、フジはランキング5位を獲得、シーズンが終わるやいなや手術をして、来たるシーズンに備えた。



翌年2015年、またしてもフジは奇跡を起こした。手術から半年、ふつうなら安静にしてそろそろリハビリを始めるかというこの時期、開幕戦日本GPでフジは2位表彰台に乗った。さらにスウェーデン、フランスでも3位表彰台を獲得した。

正直、フジのこの頃の戦いは、かなり苦戦だった。じん帯を切ったのは右ひざだが、それをかばって左足も過酷な労働を強いられる。右足はスムーズな屈伸ができないから、妙なフォームをとったまま、全身のウエイトは左足だけが支えることになる。そうしている間に、別の故障が出てきもする。痛みを回避するため痛み止めを服用すると、痛みがないので知らない間に身体を傷つけたりもした。それがこのシーズン中盤には、だいぶ和らいできた。元通り、とまではいかないものの、かなりの回復感を感じながら、この年、ランキング5位を獲得。


2016年、フジのフィジカルは、元通りに戻りつつあった。日本GPでの2度の3位表彰台に乗って、トップを走る藤波貴久が帰ってきた。そしてフランスGP、フジは2014年のオーストラリアGP以来、2年ぶりの勝利を飾る。オーストラリアは前十字じん帯損傷で苦しみ始めた初戦での勝利、そして今回のフランスは、その苦戦から立ち直った記念すべき勝利だった。

しかしフジの2016年はまだ終わらない。この勝利でランキングも3位独走。久々に、ランキング3位ゲットのチャンスだ。しかし好事魔多し。インドア大会で左手首を骨折する。ライダーの骨折としては重症ではないが、ランキング3位をかけた最終戦はわずか5週間後に迫っていた。

最終戦、フジは痛みと戦いながら、最後のセクションまでしっかり走り抜くべく、全力でトライを続けた。フジのリザルトは6位と5位。追い上げてきたカベスタニーとファハルドを振りきって、5年ぶり*にフジはランキング3位に輝いた。

その後、2017年にランキング5位、2018年にランキング6位となったフジは、2019年に再びランキング3位に返り咲いている。8戦中5度の表彰台獲得。世界のトップを走る藤波貴久、いまだ健在だ。



2020年、パンデミックは、突然にやってきた。当初組まれたスケジュールは軒並みキャンセルされ、トライアルGPは短期決戦となった。これがフジにはアダとなる。将来を見越した新しい仕様は、乗りこなすのにも時間が必要だった。フジは乗りこなしの調整や修正をするまもなく、このシーズンを終えてしまった。ランキングは7位。ランキング7位は、1996年にフジが初めて世界選手権で残したランキングだった。



2021年、コロナ禍はいまだおさまらない。フジは、前年あたりから現役引退を考えていた。周囲にはほとんど明かさないまま、このシーズンはフジの最後の1年になる。

引退を事前に知っていたのは、ほんのわずかの人々だった。最後のセクションを抜けるまで、フジはトライアルライダーであり続ける覚悟だったからだ。


その開幕戦、イタリアGPの2日目、なんとフジは、2016年以来5年ぶりとなる勝利を飾った。引退を表明していないフジのこと、この勝利で、誰もがその現役生活はまだまだ続くと改めて確信した。



しかしフジの決意は固い。2021年シーズンをきっちり走り通し、ランキング6位を最後の成績として、藤波貴久は26年にもわたる世界選手権の舞台に自ら幕を下ろした。

世界選手権の通算成績34勝、168の表彰台獲得。1回の世界チャンピオン。355戦に出場して、うち350戦でトップ15に入っている。

 

藤波貴久、その実績とともに、類い稀なる愛されキャラクター、こんなライダーとともにトライアルを楽しめた我々は、本当に幸せ者だ。


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