HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー SFL Vol.1 ~木村偉織~
4月9日、木村偉織は富士スピードウェイで初めて全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権(SUPER FORMULA LIGHTS:以下SFL)のレースに臨んだ。昨年の木村はHonda FORMULA DREAM PROJECT(HFDP)からFIA-F4日本選手権に参戦。シリーズ14戦のうち4勝を挙げながらもシリーズランキング3位に終わったが、HFDP勢最上位としてステップアップのチャンスをつかみ、今シーズンはB-Max Racing TeamからSFLにデビューすることとなった。
希望を持って開幕イベントを前に練習走行を始めた木村だったが、思わぬ壁にぶつかった。シーズン前に行われた鈴鹿サーキットでのテストで、SFLマシンのパフォーマンスに負けて首を傷め、せっかくの走行セッションを中断せざるをえなくなってしまったのだ。
「鈴鹿サーキットのテストは(身体に)きついよと言われていたので、覚悟して自分もトレーニングで追い込んで準備してきたのですが、全く歯が立ちませんでした」
SFLマシンはFIA-F4マシンに比べて、エンジンパワーや車体が発生させるダウンフォース、タイヤのグリップなどすべてのパフォーマンスが向上するため、コーナリング時、ドライバーの身体にかかる負荷は格段に増える。木村はこの負荷に耐えきれず首の筋を傷めてしまったのである。
「皆が走っているのを僕はピットで眺めているしかなくて、本当に情けなくて悔しかった。実際に走ってみると、これまで走っていたカテゴリーからは想像もできないレベルの負荷でした。疲労して、乳酸が溜まってくれば、だんだん首がきつくなっていくのは普通です。鈴鹿でユーズドタイヤからニュータイヤに交換して走り出したら、FIA-F4とは比較にならないレベルで急激にグリップが上がって、首が折れたような感じで傷めてしまったんです」
フォーミュラカーで高速コーナリングをすると、遠心力でドライバーの頭は外側へ倒れる。もし、その力に負けて頭が倒れてしまえば視界が遮られレースができなくなるので、レーシングドライバーは遠心力に耐えるために首回りの筋肉を鍛えて備える。木村も当然トレーニングを積んでテスト走行に臨んだが、SFLのパフォーマンスは木村の予想をはるかに超えるものだった。
ドライバーの中には、あえて自分の筋力だけで遠心力に対抗せず、コクピット内の頭部保護パッドにヘルメットを預けて走る者もいる。しかし、木村はそのスタイルをとりたくないと言う。
「視野が変わるうえ、三半規管の感覚がずれる可能性もあるので、反応や操作が遅れてしまう危険があります。最初から全開で行けると分かっているようなコーナーなら、あらかじめヘルメットを預けてアクセルを踏んでしまえばいいと思いますが、コーナリング中にクルマの姿勢を微妙にコントロールする必要がある場合は、そのスタイルでは走れません。馴れればできるようになるのかな。でも、そもそも、頭を預けて走るのはちょっと格好悪いので、僕は自分を鍛えて対応したいと思っています」
これまでの自分はフォーミュラカーレースに向き合う意識が低すぎたと木村は反省している。
「自分の身体に対する意識が低すぎました。これまでも自分なりに身体を準備してレースに臨んでいたつもりだったのですが、実は全く足りていなかった。FIA-F4時代は、朝起きてそのままサーキットへ行ってレースをしているような感じでしたが、今はきちんと身体をウォームアップして、心拍数を上げて、アスリート向けの必須アミノ酸ドリンクを飲んで準備します。走り終わった後もマッサージして、と意識するようになりました。特に僕の場合は、筋肉が疲れてからのケアがおろそかだったと思います。きちんとケアしておけば、鈴鹿テストのときのような情けないことにはならなかったのかもしれません」
SFLルーキーの木村にとっての課題は、体力面だけにとどまらない。レーシングカーとして高いパフォーマンスを発揮するSFLを操り、そこから最大限のパフォーマンスを引き出すにはまだまだ経験も能力も不足している。たとえばタイヤの使い方だ。
FIA-F4の場合、フォーミュラカーの入門カテゴリーとして参加者が安定した環境で十分走り込んでドライビングを習熟するため、タイヤは使い始めから消耗し尽くすまで安定した特性を保つように設計・製造されている。これに対しSFL用のタイヤは、ライバルに打ち勝つため特定の領域で高いパフォーマンスを発揮するが、消耗も早くいわゆる「タレ」が進みがちな「尖った」特性となっている。それだけに、タイヤの持つパフォーマンスをうまく使いこなすテクニックが問われるのである。
「FIA-F4と最も違うのはタイヤですね。FIA-F4のタイヤはピークもなければタレもなかったのに対して、SFLのタイヤはピークが出るけどタレもあるという点です。予選ではピークをどうやって、どれだけ引き出せるかが問われます。一方で、決勝レースではタレにどう対処するかが問われるので、予選と決勝レースで全く違う走り方をしなければならない。そこが今の課題です。今回は決勝レース中、タイヤがタレてきたときにどう走ればいいのかが分からなくて、それを探しているあいだにトップの選手に離されてしまいました。走り方がなんとなく分かってきてからは差を詰めたり、ファステストラップを記録したりもできましたが……」
木村はSFLにステップアップして最初のレースウイーク、3レースに出走し、第2戦こそ6位に終わったが、第1戦と第3戦では2位に入賞し表彰台に上がった。
「ルーキーとして最初のレースウイークだし、何があるか分からない。とにかく最後まであきらめずに走ろうと思って臨み、結果的には表彰台に2回上がれました。この週末は、分からないことだらけで壁にぶつかり続けましたけど、長いシーズン、18戦あるうちの最初のラウンドで表彰台に上がれたのは、徐々にいろいろなものが噛み合ってたどりついた結果だったかなと自分では納得しています」
課題は「まだまだいっぱい残されている」と言う木村の「学び」は始まったばかりである。