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HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー 2023 SFL Vol.2 ~木村偉織~

2022年、全日本スーパーフォーミュラ・ライツ(SFL)選手権にステップアップした木村偉織は、デビューシーズンながら速さを発揮してシリーズチャンピオン争いを繰り広げたが、ミスが重なったこともありシーズン終盤には戦いから脱落してしまった。

HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー 2023 SFL Vol.2 ~木村偉織~

「昨年(22年)は不完全燃焼でした。23年はもうSFLには乗れないかと思っていました。自分がHondaの中の人だったら、こんなドライバーはクビにしています。それほどのシーズンだったのに、23シーズンに向けてもう一度チャンスをいただけたので、昨年の悔しさを全部レースにぶつけるつもりで迎えました」

今年、木村は昨年に引き続きB-MAXレーシングからシリーズに参戦することになった。昨年はアドバイザーを務めた高木真一がチーム監督となり、アドバイザーとして武藤英紀がチームに加わるという万全の体勢である。

武藤は言う。

「今年会った木村選手は、自分が聞いていた前評判より落ち着いてレースに取り組もうとしているなという印象でした。自分の時間に遊ぶのはいいのですが、今年私と組んでレースをやるからには、私生活も律してきちんとレースと向き合ったスケジュール管理をしてほしいと言いました」



このアドバイスを受けた木村は今シーズン、シリーズチャンピオン奪取を絶対の目標に据え、私生活を大幅に見直す決断を下した。昨年まで住んでいた東京の実家を出て、チームのファクトリーがある神奈川県大和市に引っ越し、一人暮らしを始めたのだ。

「昨シーズン、レースに集中できなかったとは言いませんが、もっと集中しなければいけない、サーキットにいない時間も1分1秒すべてチャンピオン奪取に向けて捧げるんだ、と思えるようになったんです。それでファクトリーが近い場所に引っ越しました。実家にいると、洗濯なども含めて家族に甘えてしまうことが多いんですが、一人暮らしだと全部自分でやらなくてはいけないので、怠けていられなくなります。日常生活から、しっかりやらなきゃ、頑張らなくちゃという気分になってきます。寝るときも、なぜこの家で寝ているんだろうと思い『そうだ、チャンピオンを獲るためだ』と確認するんです」



もう一つ、木村がチャンピオン奪取のために決意したことがある。禁酒である。

「シーズン始め、武藤さんに『まずは一つ、自分が好きなことを我慢しろ。そうすればチャンピオンを獲れるよ』とアドバイスを受けて『じゃあお酒だ』となったんです。『なぜ自分は禁酒しているのか』と気づかされる瞬間があるわけです。お酒を断るたびに『俺はチャンピオンを獲るために今年暮らしているんだ』と気づかされるんです」

 こうして「背水の陣」で臨んだ2023シーズン、木村は開幕大会(オートポリス)で2連続ポールポジション、3連勝3連続ファステストラップと、念願のチャンピオン奪取に向け完ぺきなスタートを切った。しかしその後は勝ちから見放され、第3大会(鈴鹿)終了時点ではシリーズランキングを平良響(TOM'S)に逆転されランキング2番手へ後退してしまった。

「ペースはいいのに歯車がかみ合わないレースが続きました。昨年は自分のミスで取りこぼすことが多かったんですが、今年は不可抗力的な部分で取りこぼしがあって、しかもそれが大会のレース1で起きたのが痛かった。運も向いてなかったのかなとは思うんです」



SFLの大会ではレースウイークに3回のレースが開催されるが、公式予選のタイムアタックでスターティンググリッドが決まるのはレース1とレース2で、レース3のスターティンググリッドはレース1の結果順に決まる。したがってレース1で下位に沈むとレース3で不利を強いられることになる。

木村は、レース1で結果を出せないことが少なからずあり、そのせいでレース3でも苦戦するという悪循環に陥っていた。しかしシーズン中盤、歯車がかみ合わなくなりながらも木村は着実に選手権ポイントを積み重ね、ランキング2番手のポジションをしっかり守り続けた。

「昨年と比べれば冷静でいられました。レース1で順位が沈んでしまったときも、第3大会(鈴鹿サーキット)のようにレース3では最後尾から5位まで順位を上げたりして、勝負強さは見せられたかなと思います。正直なところ、第5大会(岡山)あたりでは『ちょっとチャンピオンはきついかな』とも思ったんですけど、チャンピオンを獲れても獲れなくても、最終大会で3連勝してシーズンを締めくくることができたらそれでいいやと吹っ切れて、逆に変なプレッシャーがなくなったような気がするんです」



第5大会(岡山)を終え、残すは最終大会(モビリティリゾートもてぎ)だけとなった段階で木村はランキング2番手。選手権ポイントではトップの平良と10点差があった。

しかし、木村は気負うことなくレースウイークを迎え、快調に走り始めた。その結果、公式予選ではレース1、レース2ともポールポジションを獲得、レース1の決勝ではファステストラップと今季4勝目を記録して、平良まで1点差に詰め寄った。そして翌日のレース2でもファステストラップと優勝を重ね、一気に形勢を逆転してランキングトップへ躍り出る。レース3も2位入賞で締めくくって、シリーズチャンピオンを獲得した。



表彰台に上がって歓喜の表情を浮かべる木村を見上げ、高木監督は目を細めながら語った。「偉織の速さは間違いない。それに加えて今年はストイックに取り込んだ結果なので本当によかった。開幕大会で3連勝して成長度合いがすごいなと思っていたんですけど、レースはそんなに甘いものではなくて、シーズン途中でタイヤが変わったり、ライバルも強かったりして、簡単にはいきませんでした。でも、苦しい中で最低限の結果を積み重ねたからこそ、最終大会のチャンピオン争いに残れて、最後に大逆転できた。偉織にはまだ子どもっぽい部分が残っていて、完全に卒業とまでは言えませんが、今年は本当に内面が進化しました。これなら上のカテゴリーへ行ってもきっといい成績が残せますよ」



2シーズンかけてついにシリーズの頂点に立った木村は安堵の表情を浮かべる。

「本当に最高です。これまでなら緊張して、メンタル的に自分自身を追い込んでしまうところでした。でも、今シーズンは何も思い残すことはない、もし勝てなくてももういいんだと思えるくらいにやりきった。レースウイークに入る段階ではもちろん緊張していましたが、いざ始まると変なプレッシャーは感じませんでした。最後のチェッカーを受けたらその緊張が解けて、いろんな人の顔が浮かんできて、涙があふれてきました。6歳か7歳ぐらいでカートを始めて、そこからたくさんのレースでたくさん優勝してきましたが、チャンピオンには1回もなったことがなくて、自分の中でそれがコンプレックスだったんです」



そして木村は、チャンピオンを獲得した今、チャンピオンを目指すために今年の自分に課していた制限をどうするのか問われて、こう続けた。

「日々の積み重ねが自信につながったんだと思いますが、お酒はとりあえず12月31日までは解禁して、皆さんにお祝いしていただく席で美味しいお酒を飲みたいです。でも禁酒はいい取り組みだと思うので、そこからまた来シーズンに向けて禁酒します。一人暮らしも続けていきたいと思います。これで油断してしまうと、また昔の自分に戻ってしまうと思うので、今年の経験を活かして頑張り続けます」



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