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Team HRCが "走る実験室" ST-Qクラス参戦で得たものとは

Team HRCが "走る実験室" ST-Qクラス参戦で得たものとは

「木曜の夜、初めてチームみんなで夕食に行きました。9月のシリーズ第5戦(モビリティリゾートもてぎ)くらいまで、レースウイークを控えた夜は、夜中までうちのピットだけ煌々と電気をつけて『ドライバーに恥をかかせられないから、翌朝のセッションに間に合うようにあれやるぞ、これやるぞ』と何かしら作業していたので、そんなことはできませんでした。やっとクルマに手がかからなくなったので、今回は19時ぐらいにガラガラとシャッターを降ろせました」
Team HRCを率いる岡義友は、スーパー耐久(S耐)シリーズ最終戦が始まろうとする富士スピードウェイの現場でそう語った。



Hondaのエンジンに元気がないなんてあり得ない

岡はHRCでカーボンニュートラル(CN)燃料を使用して走るCIVIC TYPE R CNF-Rの開発を担当し、5月末の第2戦富士24時間レースから現場指揮を執ってきた。トランスミッションにトラブルが発生し、最終的には4速固定で24時間レースをようやく完走するという苦難のデビュー以来、CIVIC TYPE R CNF-Rの戦いは決して楽なものではなかった。
まずは、植物由来の燃料をいかに使いこなすかというテーマがあった。CN燃料はCO2排出削減に伴い持続可能性の高い次世代燃料である一方、ガソリンと比較すると燃焼しにくい特性があり、ガソリンと同様に使うためにはエンジン側で対応する必要がある。

「燃えにくい傾向があるのでガソリンよりも高い温度で燃焼させないといけないのですが、そのとき油水温をどれくらいの幅で管理すればきれいに燃焼するのかという押さえどころが難しいんです。でも、Hondaのエンジンに元気がないなんてあり得ない話ですから、走りの追求を丁寧にやりました」と岡。

CN燃料対応以外の面でも、開発陣は難題に直面した。CIVIC TYPE R CNF-Rは、量産型のCIVIC TYPE Rをベースに規定内の改造を加えて開発した競技車両だが、量産車をベースにするがゆえ、純レーシングカーの開発とは異なる難しさがあると岡は言う。
「CN燃料対応がうまくいって、よく走るようになると、今度は"止まれない"という課題が出てきました。実は、量産車にレーシングカー用のパーツをアドオン(追加)すると、システムのネットワークが"いつもと違うものが加わった"と判断してシステムトラブルが起きたり、ブレーキの制動を欲しいだけ得られなかったりするんです。コンピューターだらけでいろんなものがネットワークを介してつながっている現代の量産車をレーシングカー化するときの難しいところです。我々もシステムの最適化に大変苦労しました。いろいろ試行錯誤して、第6戦(岡山国際サーキット)のアップデートでやっと欲しかったブレーキ性能が手に入ったんです」



"走る実験室"でのものづくり

一方で岡は"ものづくり"を楽しんだ面もあると言う。
「僕は元々、量産車の開発に携わっていました。やはり"ものづくり"が大好きなので、今回CIVIC TYPE R CNF-Rの開発を担当させてもらうにあたっては、毎回ものを作って自分自身も楽しみながら、熱心に応援してもらっているファンにも、それを見つけてもらって『こう変わったんだな、これで走りはどうなるのかな』と楽しんでいただけるような取り組みをしようとこだわりました。もちろん毎回正解は出せないかもしれませんが、S耐のST-Qクラスは開発の場であって"走る実験室"として使わせてもらうわけですから、チャレンジすることに意味があるんだ、と思って取り組んでいるんです」

実際、CIVIC TYPE R CNF-Rは第2戦(富士スピードウェイ)でデビューして以来、ほぼ毎レース"外から見える箇所"に改良が加えられてきた。第3戦(スポーツランドSUGO)、第5戦(モビリティリゾートもてぎ)ではフロントバンパーのブレーキダクト開口部が拡大され、第4戦(オートポリス)ではフロントグリルのラジエター開口部を拡大、第5戦(モビリティリゾートもてぎ)ではあわせてカーボン(CFRP)製のボンネットおよびフロントフェンダーが導入された。



CN燃料を効率よく使いこなすため、高めの油水温で運用する際、余裕を持たせるために排熱を促進するという機能的な要求はもちろんだが、そこには"レーシングカンパニー"としての探究心や発想力、それを形にする開発力など、HRCのDNAとも言える思いが盛り込まれていた。

例えば第6戦(岡山国際サーキット)で追加された大型テールゲートスポイラーは、シーズンを追うごとに開発が進んだ結果、高速域で空気抵抗を減らし、最高速をさらに伸ばそうと言う要求から生み出された。



「SUPER GTのGT500では、こういう風にやると空気の流れを整えることができてドラッグを減らせたということを社内で教えてもらいました。2024年、GT500のベース車両がCIVIC TYPE Rになりますから、少し先取りさせてもらった形です。我々は参戦1年目でやることがいっぱいあって苦労していたので、恥を捨てて教えてくださいと言って教えてもらったんです。フェンダーにあるルーバーなどにも、SUPER GTのエッセンスを結構使っていたりします」と岡。

興味深いのは、機能を追求すると同時に"格好よさ"が追求されている点だ。シリーズ最終戦となる第7戦(富士スピードウェイ)には新たにデザインされた大型テールゲートスポイラーが持ち込まれた。



「空気抵抗低減だけではなく、少しダウンフォースも欲しいなと言うことで作りましたが、後ろから見ていただくと分かるんですけども、F1をイメージしたデザインになっています。HRCにあるF1マシンを眺めながら、この羽根、格好いいなと思っていて、どうやったらCIVIC TYPE R CNF-Rにこのイメージを持ってこられるかなあと設計者といろいろ話しながら作りました。湾曲させると強度ばかりか面の構成、通し方も難しくなりますし、作りの上でもちょっと複雑になってきたりもするんですが、私は格好いいクルマにこだわりたかったので"真似"しました」と岡は笑った。

モータースポーツのすそ野を広げるために

2023年シーズン最終仕様となったCIVIC TYPE R CNF-R(武藤英紀/伊沢拓也/大津弘樹)はシリーズ最終戦のレースに臨み、ST-Qクラストップで完走を遂げてシーズンを締めくくった。シーズンの集大成としてうれしい戦果だった。
「シーズン始めはチームの雰囲気もピリピリしていました。だけどクルマがよくなっていくにつれて、笑顔も会話も増えチームの雰囲気がよくなっていきました。そうすると前向きな意見や提案が出てくるようになって、さらにクルマがよくなっていくという形でブレイクスルーできました。クルマもチームもいい感じになって、本当にうれしいです」と岡は語った。

もっとも、今季のレースだけですべての課題が克服され、目標が達成されたわけではない。
同じCIVIC TYPE R をベースとしてST-2クラスを戦い、見事にシリーズチャンピオンを獲得した743号車(Honda R&D Challenge FL5)は、最終戦で121周を走破したのに対して、CIVIC TYPE R CNF-Rは120周にとどまるなど、改善すべき点は残されている。
何より、このプロジェクトの最終目標は、モータースポーツのすそ野を広げるべく、カスタマーレーシングとして、車両やパーツをユーザーに提供することにある。HRCの挑戦は、まだ始まったばかりだ。



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