【Team HRCの挑戦】「プロ以外」でも速く・楽しく走れるレーシングカーづくり
国内自動車メーカー5社が実験/研究、先行開発の場として活用しているスーパー耐久ST-Qクラス。Team HRCは、このクラスにカーボンニュートラル燃料(CNF)を使用して走るCIVIC TYPE R CNF-R を昨年の富士24時間レースでデビューさせた。それ以降、継続的な開発によって、2023年シリーズ最終戦では武藤英紀/伊沢拓也/大津弘樹組がクラストップの周回数をマークするまでに至った。
Team HRCは24年シーズンもCIVIC TYPE R CNF-RをST-Qクラスに送り込み、参戦を継続しているが、開発のテーマは新しい方向となっている。これまで二輪部門のレース運営室室長を勤め、24年より四輪部門のレース運営室室長に着任した桒田哲宏シニアチーフエンジニアが語る。
「今年のCIVIC TYPE R CNF-Rは、技術面では昨年から活動方針を変えていません。ただし、今年は『将来的に四輪レースでのカスタマーレーシングをどういう方針にしていくべきか』を、より具体的に考えるためのスタディとします」
今年の富士24時間レースに向けて整えられたドライバーの布陣に、その新しい姿勢が見て取れる。昨年、実戦を通してCIVIC TYPE R CNF-Rの開発・熟成を担当したのは前述した経験豊富なプロドライバーたち。しかし、今年の富士24時間レースに起用されたのは武藤、大津に加えて辻本始温、桂伸一、橋本洋平、石井昌道という、女性ドライバーとジャーナリストたちである。
「プロのアスリートとしてレースを戦っているドライバーと、レースを楽しもうというジェントルマンドライバーでは、身体能力や運転技術に加えて、感覚も違います。いくら速くても氷の上を走っているようなクルマでは、常に緊張状態におかれるため疲れてしまう。今後のカスタマーレーシングがどうあるべきかを考えたとき、操作が『軽い』とか『重い』といった単純な部分だけでなく、メンタル的な要素も含めて誰もが乗りやすく、レースを楽しめるクルマがいいと考え、今年のクルマを仕上げました。富士24時間レースでは、新たに起用したドライバーたちに率直な感想や意見を聞きたいと思います」
24時間レースに向けて、CIVIC TYPE R CNF-Rにはセッティングを中心にさまざまな変更が加えられ、昨年までの尖った特性がマイルドな方向へ改められた。それについて昨年からステアリングを握っている大津はこう説明する。
「足回りは硬くした方がクイックに曲がれるので、予選一発だけを考えたら、そうしたセッティングの方が速く走れます。ただ、そのぶん『跳ね』が増えるなど、ドライバーが制御しなければならないことも増えます。そうした場面で的確な操作がなされないと、スピンなどにつながります。プロドライバーならば、そうなる前にさまざまな情報を感じ取ってスピンしないように走れますが、ジェントルマンドライバーには難しいので、硬さを抑えてマイルドな乗り味にしました」
昨年、富士スピードウェイで開催されたシリーズ最終戦の時に取り付けられていた大型のテールゲートスポイラーは、今回の富士ではノーマルに近い小型リアウイングに交換されている。これもまた「マイルド化」に関連した変更だと大津は言う。
「富士24時間レースに向けていろんなリアウイングを試して、今回は僕たち(プロ)もジェントルマンも乗りやすいウイングを選んで持ってきました。大きなウイングはダウンフォースが出るものの、重量がかさみます。富士スピードウェイのAコーナー(コカ・コーラコーナー)などでブレーキを踏んで曲がろうとすると、リアが重い影響で急にオーバーステアが出てしまいます。リアを落ち着かせた状態でステアリングを切ると今度はアンダーステアが出ます。つまり、ピンポイントでしか走れない特性になってしまうのです」
こうして尖った特性をマイルドな方向へ振ったCIVIC TYPE R CNF-Rのドライバーに起用されたのが辻本である。彼女は2021年KYOJO CUPでシリーズチャンピオンに輝き、その後はFIA-F4日本選手権に出走。スーパー耐久ではCIVIC TYPE RでST-TCRクラスを戦った経験を持つ注目の女性ドライバーだ。
「TCRのCIVICはレーシングカーそのもの。動きがカチッとした俊敏なクルマです。一方、CIVIC TYPE R CNF-RはGがずっと残るような緩さがあって、市販車に近い感触でした。また、Gがゆっくりかかるものの、オーバーステアなフィーリングもありました。予選一発でタイムを出すならいいのですが、24時間レースで長時間集中し続けるために、ブレーキのタッチなども含めて本番に向けて方向性を見直していただきました」
そして、開発陣が地道な作業を重ねた結果、辻本は緊張しながらも富士24時間レースを楽しむことができたという。
「Hondaの看板を背負って走るわけですからもちろん緊張はしましたが、皆さんが和ませてくださって、笑いが絶えないチームでもありました。何よりクルマが非常に扱いやすかったので、運転自体が楽しかった。いろいろな知り合いに『こんな笑顔でレースを楽しんでいる始温を見たことがない』と言われて、素直にうれしかったです」
まさに桒田の狙いどおり、辻本はCIVIC TYPE R CNF-Rでレースを「楽しんだ」のである。
昨年までST-2クラスでHonda R&D ChallengeのCIVIC TYPE Rを走らせていた桂は、サーキットの第一線で活躍した経歴を持つジャーナリストである。
「Honda車でレースをやりたいと思うユーザーの立場から、今のCIVIC TYPE R CNF-Rになにか違和感がないかとか、もうちょっとこうした方が乗りやすいんじゃないかとか、そういう意見が提供できればいいなと思います」と桂は言う。では、初めて乗ったCIVIC TYPE R CNF-Rについてどう感じたのだろうか。
「テストで乗った段階で、ハンドルに素直に反応するしリアも安定していて、とても乗りやすいと感じました。スプリントレースであれば、尖ったクルマを振り回して走るというのもアリですが、耐久レースでは集中力が続かないし、そもそもタイヤを傷めてしまいます。結局のところ耐久レースで速いクルマとは、足がしなやかに動くなど誰でも乗りやすいクルマということになるはずです。昨年、開発を担当したトップドライバーたちは、尖ったところをうまいこと削る方向で開発を進めてきたのでしょう」
武藤、大津に加え、4人の新しいドライバーたちがステアリングを握ったCIVIC TYPE R CNF-Rは、レース終盤にボンネットが浮き上がるトラブルに見舞われながらも、着々と周回を重ねた。そして、昨年の520周を上回る613周を走って、富士24時間レースのチェッカーフラッグを受けた。
プロではないドライバーが乗りながら、昨年を大幅に上回る周回数を重ねることができたことからも、乗りやすさを追求したクルマ作りが実りつつあることが分かる。Team HRCは誰でも乗りこなせる競技車両の理想形を目指して、さらなる開発と熟成を進めていく。