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モータースポーツ新時代へ、初の24時間レースに挑んだTeam HRC ~完走の先に見えたもの~

モータースポーツ新時代へ、初の24時間レースに挑んだTeam HRC  ~完走の先に見えたもの~

2026年からF1グランプリへ復帰することを発表したばかりのHRC社長、渡辺康治は5月28日、インディ500の決勝レースに立ち会うためアメリカのインディアナポリス・モーター・スピードウェイにいながらも、日本のスタッフと連絡を取り合っていた。

それは、5月26日(金)~28日(日)、富士スピードウェイ(静岡県)でスーパー耐久シリーズ2023 第2戦、「富士SUPER TEC 24時間レース」が開催されており、Team HRCがCIVIC TYPE R CNF-Rで参戦、24時間にわたる長いレースを戦っていたからだ。

2022年4月に新体制を整え、Hondaの二輪、四輪モータースポーツを統括することになったHonda Racingが、Team HRCとして四輪モータースポーツの実戦に参加するのはこれが初めてだっただけに、F1、インディと並んで、日本のスーパー耐久シリーズを気にかけていたのである。



◆原体験の記憶とHRCが目指すもの◆

CIVIC TYPE R CNF-Rは、モータースポーツにおける「カーボンニュートラルの実現」に取り組むなかでCIVIC TYPE R(FL5型)をベースとして製作された競技車両で、植物由来の合成燃料であるカーボンニュートラル燃料(CN燃料)を使用して今シーズンのスーパー耐久シリーズを戦う。今回の富士24時間レースでTeam HRCから実戦デビューを果たした。



新生HRCは4つの活動方針を明らかにしている。一つ目は「モータースポーツ活動を通じたHondaブランドのさらなる高揚」、2つ目は「二輪・四輪事業への貢献」、3つ目は「持続可能なモータースポーツを実現するカーボンニュートラル対応」、4つ目は「モータースポーツのすそ野を拡げる活動への注力」だ。CIVIC TYPE R CNF-Rによるスーパー耐久シリーズ参戦は、主に後半2つの方針に沿った活動である。

「以前のHondaは、どうしてもレースに参戦することだけにとどまってしまう傾向があり、レース会社としては、それだけではいけないと考えました」と渡辺は言う。

「環境対応をしながらモータースポーツを持続可能な活動にしていくとともに、最高峰のレースだけやるのではなく、頂点は持ちながら、いかにお客様と一緒にモータースポーツを楽しんでいけるかを追求していきたいのです。スーパー耐久シリーズは、お客様と『クルマって楽しいな』『レースって面白いな』と喜びを分かち合える場であり、それをサステナブルにやっていきたいと考え、参戦することを決めました」



渡辺自身は25歳から30歳まで、自らステアリングを握ってジムカーナに出走していたことがある。その経験の中で知った「モータースポーツに参加する」ことの楽しさを、ユーザーに提供し、共有することを目指している。

「F1に出て『どうだ、強いだろう』と言うだけでは足りないんです。自分で出て走るということの楽しさを若い頃に自分で実感しました。当時の気持ちは、今になってもはっきり覚えているくらい、ものすごくいい思い出になっています。HRCとして、その部分をおろそかにしてはいけない、そこをきちんとやろうと考えるようになりました」 

◆カーボンニュートラルとCIVIC TYPE R◆

今回、富士スピードウェイで実戦デビューを果たしたCIVIC TYPE R CNF-Rは、難コースとして名高いドイツ・ニュルブルクリンクで量産FF車として史上最速タイムを記録したCIVIC TYPE RをベースにCN燃料対応を施した車両である。搭載しているエンジン本体は旧来のガソリンを用いる市販のCIVIC TYPE Rと同一のものだ。

HRCで参加型モータースポーツプロジェクトリーダーを務め、今回、Team HRCを率いた岡義友は言う。

「エンジン本体はそのままに、補機類など一部装備でCN燃料対応を行い、どのように合わせ込むかが課題でした。カーボンニュートラル時代のモータースポーツのためには、特別なエンジンを使うのではなく、あえて特殊なことはやらず燃料の置き換えだけで対応できるようにすることが大切だと考えたからです」

岡も渡辺同様、F1に憧れてHondaに入社した生粋のモータースポーツ好きであり、モータースポーツの未来を支えることになるカーボンニュートラル技術と参加型モータースポーツに全力で取り組んでいる。



スーパー耐久シリーズの参加車は、基本的には性能ごとにST-X、ST-Z、ST-TCR、ST-1~5、そしてST-Qと9クラスに分類され、それぞれのクラスで順位を競う。CIVIC TYPE R CNF-Rが出走したST-Qクラスは開発車両専用クラスで、今回の富士24時間レースにはさまざまな自動車メーカーが新技術を搭載した実験車両を持ち込んだが、CIVIC TYPE R CNF-R を含む6台全車が、CN燃料(水素含む)を用いるパワーユニットを搭載していた。

◆24時間レースを走り切って見えたこと◆

5月27日午後3時、武藤英紀/伊沢拓也/大津弘樹/小出峻が操るCIVIC TYPE R CNF-Rは公式予選クラス3番手から24時間レースのスタートを切った。



「デビュー戦でいきなり24時間レースに参加するのは、無謀とも思えるようなチャレンジでしたが、それもHondaらしいかなと決断しました。でもレースが始まるまでは、いろいろなことを考えて、すごくナーバスになっていました。というのも、事前に十分な距離をテストで走り込むことができないまま24時間レースに臨んだので、自信を持てるだけのデータがなかったからです」

そんな岡の心配をよそに、CIVIC TYPE R CNF-Rは順調に周回を重ねて日没を迎えた。ところが夜が明けて翌日、走行距離が2000kmに達しフィニッシュまであと4時間となったところで、シフトチェンジができなくなる不具合が発生し緊急ピットインを余儀なくされた。

「その場で原因を特定することができず、こんなこともあろうかとスペアのトランスミッションを用意してあったので丸ごと交換しようかとも考えましたが、残された時間を考えるとゴールに間に合わなくなってしまう状況でした。そこで、さらに状況が悪化する可能性を覚悟で、ミッション交換をせずに完走を目指して走りきろうという結論に達し、残り1時間30分になったところでコースに復帰しました。4速固定で走らざるを得ず、ペースは上がらない状態でしたが武藤選手には大事に走行を続けてもらい、無事フィニッシュを迎えることができました」と、岡はレースを振り返る。



「初めてのレースなのできちんと完走することが目標でしたから、まずは目標を達成できてうれしく思っています。今回、24時間という長い時間を通してたくさん走り込んで、多くのデータを手に入れることができました。その結果、CN燃料との付き合い方が見えてきました。今回、サーキットで24時間全開走行するという過酷な状況の中でトランスミッションにトラブルが発生しました。一般道で使っていただく分には何の問題もない設計仕様になっているとはいえ、お客様にモータースポーツという特殊な条件でお使いいただくプロダクトとして提供するには、信頼性や耐久性をもう少し高める必要があると認識しています」



HRCは、スーパー耐久シリーズ参戦を通して、カスタマー向けの商品を開発し、カーボンニュートラル時代を迎えるモータースポーツのすそ野を拡げていく予定だ。インディアナポリスの地でCIVIC TYPE R CNF-Rの戦いぶりについて報告を受けた渡辺は、将来に向けて大きな手応えを感じていた。

「まずはCN燃料を用いたCIVIC TYPE R CNF-Rで、お客様に適正な価格で質の高い商品をいかに提供できるかというテーマを追求していきます。さらに近く、HRCブランドの可能性を探ることをテーマにCN燃料車とはまた異なる形の車両を開発、スーパー耐久シリーズに投入することも考えています」

走り出したTeam HRCは、7月8日~9日、宮城県スポーツランドSUGOで開催されるシリーズ第3戦SUGOスーパー耐久3時間レースに臨む予定だ。




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