モトクロス世界選手権 開幕直前2023シーズンプレビュー
モトクロス世界最速の舞台、MXGPとAMA
オフロードバイクのレースにおいて最もスプリント要素の強い競技「モトクロス」。1957年から始まったモトクロスの世界選手権(現MXGP)は、ヨーロッパ選手権から始まっているということもあり、現在も欧州を中心に開催されているレースシリーズです。一方、巨大なモトクロスマーケットを有する北米ではAMA(American Motorcyclist Association)が主催するスーパークロス(スタジアムで行われる興行的要素の高いレースイベント)とアウトドアナショナル(屋外のサーキットで行われる通常のモトクロス)といったショーアップされたレースシリーズがたいへんな人気を集めています。ヨーロッパを舞台にしたMXGP、アメリカ全土を転戦するAMAシリーズは、文字通り世界のモトクロスファンの人気を二分しているといっていいでしょう。
この2つのシリーズは、離れた場所にありながら、常にお互いを意識し、切磋琢磨してきた歴史があります。端的に言えば、ヨーロッパとアメリカ、どちらのライダーが速いのか。MXGPからAMAへ、またその逆の挑戦を試みるライダーは当然いたものの、純粋に頂上決戦する舞台がないこともあり、その答えがはっきりとした結果になったことはかつてありません。ただ、屋外でのモトクロスという競技に関して言えば、MXGPはよりコースの難易度が高い傾向にあったと言えると思います。ショーアップのためにしっかり路面を整地するAMAのサーキット管理に対して、路面整備をほどほどにしてわざと深いわだちを残したり、特に難易度が高いサンド(砂地)路面を含ませたりとMXGPはより「対コース」という側面を強く打ち出してきました。MXGPに参戦するライダーには、よりテクニカルでさまざまなスキルが求められると言えるかもしれません。
欧州では各国の国内選手権やヨーロッパ選手権も開催されており、その各々の国でとてもレベルの高いレースが行われています。多様な歴史・文化・言語を持つ国々のライダーが集まるMXGPの戦いは毎年し烈を極めるのですが、中でも三世代に渡りMXGPで活躍するライダーを輩出するエバーツ一族を擁するベルギーは、長年モトクロス最強国の名を欲しいがままにしてきました。そんな中、今年のHondaチーム・Team HRCのエースであるティム・ガイザーは、MXGPでは珍しいスロベニア出身ということで注目を集めています。また、新規加入のルーベン・フェルナンデスは強豪国スペインの出身です。各国のモトクロス文化・力量を推しはかる意味でも、このMXGPは非常に興味深いシリーズなのです。
Honda CRF450Rが誇るSOHCエンジンの独自性
HondaはこのMXGPに例年ファクトリーチーム「Team HRC」で参戦。ホモロゲーション(車両認証)を取得した市販車ベースのマシンでしか参戦が許されないAMAとは違い、このMXGPにはメーカーの先行開発車を投入できることもあって開発の場としても貴重なレースであると捉えています。
このTeam HRCのファクトリーマシンCRF450Rは、デビュー当初から他社のDOHCエンジンとは違ったSOHCエンジンを搭載してきました。ユニカムと呼ばれる機構で、吸気側はカムがバルブを直押しし、排気側はロッカーアームを介する独特なもの。一般的にDOHCは高回転型、SOHCは低中速回転型と言われており、モトクロスのコースレイアウトは最高速をそれほど重視しないため、最大排気量の450クラスでは低中速トルクとエンジン自体の軽さを重視したのです。2019年にガイザーが世界タイトルを獲得、その翌年にフルモデルチェンジを敢行して1年目にもかかわらず、無事勝利を重ねて5度目のチャンピオンに輝いたことは偶然ではないでしょう。なお、このユニカムのシステムは、いまや市販車にも採用されており、CRF1100L Africa Twinや発表されたばかりのXL750 TRANSALPなど大排気量のアドベンチャーマシンのドライバビリティを高めています。
2023年を走るCRF450Rは2020年にフルモデルチェンジを受けた車両で、それまでに推し進めてきたマスの集中化や、マシン自体の優れたライダーインターフェースをさらにアップグレードしたものです。スイングアーム、フレームに至るまで再設計された上でシャープなハンドリングにこだわり開発が進められてきました。ファクトリーマシンとして細部に至るまで煮詰められた新たな仕様について、Team HRCのゼネラルマネージャーであるマーカス・ペレイラ・デ・フレイタスは「ライダーたちは、私たちがCRF450Rで行った改良に非常に感銘を受けており、シーズンが始まるのを心待ちにしているようだ」と語っています。
MXGPクラス2年目のルーベン・フェルナンデスにかかる期待
今季2023年のTeam HRCは、5回のタイトル経験をもつティム・ガイザーと、2021年にMX2(250cc)クラスのチャンピオンに輝き、2022年からMXGPにデビューしたばかりの若手ルーベン・フェルナンデスの2名体制。当然のことながらガイザーには6度目のチャンピオン獲得の期待をかけており、オフシーズンの調整も完ぺき。万全の準備でシーズンインを待ち構えていましたが、イタリアのトレンティーノでおこなわれたイタリア選手権で大腿骨を骨折。残念ながら今シーズンのタイトル争いからはレースが始まる前に離脱してしまいました。
一方のフェルナンデスはこの2023年から加入した新たなメンバーですが、同じHondaの有力サテライトチームであるTeam Honda 114 Motorsportsに所属していたこともあり、ファクトリーチームであるTeam HRCへの移籍もスムーズだったようです。昨シーズンは表彰台の経験を積み重ねていき、チェコGPでは練習走行の時点でトップタイムをマーク。いよいよ初優勝がみられるか、というタイミングで転倒、負傷によってシーズンを棒に振っています。ただし、昨年7月という早い段階から2023年シーズンに向けて調整に入ることができたため「この冬は本当にいいフィーリングでオフシーズンを過ごせました。初戦で自分の力をファンに見せられるはず」とコメントしています。トレンティーノのイタリア選手権でも2位に入っており、その調子のよさがうかがえます。
最強のライダー、ガイザーを欠くシーズンになってしまったものの、フェルナンデスの若手らしい勢いや1年目にして表彰台を連発できる強さは逸材そのもの。開幕戦はまもなく3月12日、フェルナンデスが昨年7位の結果を残しているパタゴニア・アルゼンチンGPから開幕します。
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