HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー FIA-F4 Vol.1 ~小出峻~
ポールポジションからスタートを切って先頭で第1コーナーへ飛び込んだにもかかわらず、強引に割り込んできた後続車両から追突を受け、コース外へはじき飛ばされてレースを終えてしまったレーシングドライバーの気持ちは、察するに余りある。ましてやその相手がチームメートであればなおさらだ。
HFDP RACING TEAMから2022年度FIA-F4日本選手権開幕大会(第1戦および第2戦)に臨んだ小出峻は、今シーズン最初のレースでまさにそんな状況に突き落とされた。
シーズン最初のレースでポール・トゥ・ウインを飾れるはずだった小出は、何ら戦果を得られないままチームのテントへ帰ってきた。小出は悔しさこそ発散したものの、追突してきた相手に詰め寄ることもなく、静かにその思いを飲み込んだ。
開幕大会の第1戦、第2戦とも公式予選でポールポジションを獲り絶好調だった小出にとっては3年目のFIA-F4、HFDPで戦う2年目になる今シーズンはまさに勝負の年である。
「今年こそは開幕から突進してシリーズチャンピオンを獲得し、上位カテゴリーへステップアップする」と意気込んで迎えた開幕戦をダブルポールポジションで始めたのだから、これ以上のスタートはない。
ところが、第1戦スタート直後の第1コーナーへ小出が先頭で飛び込んだとき、思いがけない事件が起きた。なんと2番手からスタートしたHFDPの同僚で新人の西村和真が小出に追突するかたちで接触。小出はコース外へはじき飛ばされてしまったのだ。遅れてコースに戻ったものの、それ以上の走行が不可能となった小出はコース脇にマシンを止め、レースをリタイアした。
何もなければおそらくはそのまま勝てたはずのレースを、相手のミスから失ってしまった小出は語る。
「もちろん、ぶつけられたときにはこのヤロー! とは思いましたよ。人によっては、(レース後に)相手を怒鳴りつけるかもしれません。でも、僕はやっぱり客観的で、しかも楽観的な人間なんですね。起こってしまったことは仕方がない。そこで怒鳴りつけて順位が変わるならともかく、チームメートとの関係性が悪化するだけで、もしメリットがあるとしたら自分の気持ちが晴れることくらいなので意味はないなと。自分が我慢して結果を受け止めるのが一番だと考えました」
激情に任せて相手を叱責しなかったばかりか、小出は自分を見つめ直し反省までもしている。
「レースは自分ひとりでするものではないし、特にFIA-F4は、プロではない選手が40台以上走るレースです。そうした中で生き残っていくには、自分で自分を守る、できるだけリスクを避ける、と言うことを心がけないといけません。そういう意味では、今回の自分はリスクマネジメントができていなかったなと思うんです」
第1戦のスターティンググリッドでは、ポールポジションに小出、その隣にルーキーの西村、そしてその後方には今年、小出がチャンピオン争いのライバルだと意識する荒川麟(TGR-DC Racing School)、伊東黎明(OTG MOTOR SPORTS)がいた。トップで1コーナーに進入した小出は、荒川、伊東が追いすがってくることを予想し、早めに向きを変えて立ち上がり重視のラインを取って、後続ライバルを引き離そうとした。
「西村の後ろには荒川選手、伊藤選手がいました。富士スピードウェイのレイアウトでは、ある程度の間隔を確保しないとスリップストリームで追いつかれてしまいます。だからオープニングラップ前半のうちに一気に後ろとの差を広げたいと思って、1コーナーを早く立ち上がるためのラインを取っていました」
ところが、コーナーの先を考え、立ち上がり重視の走りをしていた小出に対し、コーナーの奥まで飛び込もうとした西村が止まりきれずに接触してしまったのだ。
小出は言う。
「1コーナーへターンインするとき、内側にはもちろん1車身以上の空間を(西村のために)空けてはいましたが、隣りにいる西村は今年初めてレースに出る選手なので、イレギュラーなことが起きる可能性をしっかり考えておくべきでした。もっと空けておくべきだったのかもしれません。たとえあそこで順位を一つ落としたとしても、年間チャンピオンを狙っている自分としてはもう少しリスクを低減することができたんじゃないかと思っています」
もちろん小出のレースを台無しにしてしまった西村はレース後、小出に謝罪をしている。小出はその説明を聞き、特に感情を表に出すこともなくその場を収めた。初めてのFIA-F4レースで大きなミスを犯した西村は、洗礼のように多くのことを学んだだろうが、小出もまたこの先、さらに強いドライバーへ成長するための経験を積んだのである。
小出は、本来2020年度からHFDPでFIA-F4を戦うつもりだったが、コロナ禍の影響でHFDPが活動を休止したため、初年度はVAGA PLUSで戦い、昨年ようやくHFDPでフルシーズンを過ごした。ところが満を持して迎えた昨シーズンの戦績は、1勝のみでランキング6位に終わった。若い選手にとっての“1年”は将来に影響する貴重な時間である。新型コロナによるものとはいえ、小出にとっての直近3年間はやや足踏みをしている感が否めない。しかし、小出は前向きな気持ちで今年、3シーズン目のFIA-F4に取り組んでいる。
「2シーズン目の昨年、結果を出さなければならないという焦りは、なかったと言えば嘘になります。焦りはありました。でも、自分のメンタリティは、結構楽観的なんです。本当にやりきってダメで、それでレースを続けられなくなるなら、それは仕方がないなって。それが精一杯の自分の実力だと納得できるメンタリティがあるんです。レースを離れてもそういう感じです。自分を客観視すると、楽観的になって、気楽に行こうという気持ちに切り替えることができるんです。こうした僕のメンタリティは、これまでのキャリアのなかでいい方向で働いてきていると思います」
自分自身の内面を冷静に分析する小出だが、ただ単に環境や周囲の状況に身を任せているだけではない。ステップアップを志す選手にとって、3年目は勝負のシーズンである。小出は昨シーズンに見えた課題を解決するため周到な準備をして開幕大会に臨んだ。
「昨年見えた課題は、自分のドライビングのレンジの狭さでした。シーズンを通して戦えば高温のときもあるし、低温のときもある。予選と決勝でも温度や風向きは変わりますから、さまざまなコンディションに対応しなければなりません。昨年はそれに対応しきれず、実力不足を痛感しました。自分が乗りにくいと感じたり、得意ではないコンディションだった場合は、セッティングを変えて対応しようとしてしまったんです。セッティングに頼る傾向は、監督の阿部(正和)さんや、アドバイザーの金石(年弘)さんに指摘されて気づきました。あとは昨年、チームメートだった木村(偉織)選手を見ていたら、やはりセッティングを変えずに自分のドライビングでなんとか乗りこなしていたので、自分もそうならないといけないと学びました。今季に向けたオフシーズンは、自分にとっての課題をもう一度見つめ直して練習に励んできました」
自分を客観視し、必要以上に感情的にならず、その時々の状況を冷静に受け止める小出は、大事な3シーズン目の開幕第1戦を追突されるという形で失ってしまったが、翌日の第2戦に向けては気持ちを取り直してスターティンググリッドについた。そしてスタート合図とともに見事な加速を見せるとトップで第1コーナーに飛び込み、そのまま後続を引き離して優勝を遂げた。
「速さは絶対に自信がありましたから、今日は必ず勝てると思っていました。昨日起きた課題を確実に修正していった結果が今回の優勝につながりました。今年はチャンピオンを獲る年だと思っているので、第1戦のリタイアは残念です。でも、まだシーズンは始まったばかりなので、ここから十分に巻き返せますし、第2戦ではきっちり勝てました。気持ちとしては自信にあふれています。その自信が結果にもつながっているので“今年は行ける”と思っています」
開幕大会を終えた小出は、晴れ晴れとした笑顔を見せた。