HFDPドライバーズ・ドキュメンタリー FIA-F4 Vol.7 ~小出峻~
FIA-F4日本選手権シリーズ最終大会を控えた金曜日の夜、小出峻はなかなか眠れなかったと言う。
「土曜日からいよいよ予選と決勝が始まるという夜でしたので、いろいろと考えてしまい、なかなか寝つけませんでした。考えないようにはしていましたが、どうしても『この週末、もしチャンピオンをとることができなかったらどうしよう』と考えてしまい、胸が押しつぶされそうになる気持ちになり、正直なことを言うとしんどかったです」
明けた土曜日、小出はシリーズ第13戦を2位入賞で終えた。チームメートである三井優介との一騎打ちとなったシリーズチャンピオン争いには決着がつかなかったが、ポイント差が開いたこともあり、その夜の小出は前夜とは打って変わってリラックスしていた。
「夕食は焼き鳥屋さんのような雰囲気のお店に行きました。もちろんお酒は飲みませんが、特別次の日に備えた食事を摂ったわけでもありません。縁起を担いでカツを食べるみたいなこともせず、食べたかった揚げ物などを普通に食べました」
日曜日に開催されるFIA-F4日本選手権シリーズ最終戦はいよいよシリーズチャンピオンを決定する場である。レースのための現場集合時刻は午前7時。それに備えて小出は午後11時、ほとんどいつもと同じ時刻に就寝している。
「普段の僕は12時間など、かなり長時間眠ります。ですので、いつも朝は眠い状態で起床します。ですが土曜日の夜は今シーズンの中では比較的よく眠って起きました。寝つきもよく、比較的に楽に眠ることができました。土曜日の第13戦を終えて、(三井との)ポイント差を広げて自分には有利な展開に持ち込めたので、『チャンピオンを逃すことはないだろう』という自信も生まれていました。あとは優勝できるかどうかということだけを悩んでいました」
小出は最終戦を優勝で終えることにこだわっていた。優勝すればもちろんシリーズチャンピオンが決まるが、優勝できなくとも三井が優勝し、小出が8位以下に終わらない限り王座は小出のものになる計算だった。しかし、小出はどうしても勝たなければならなかった。
「自分の中の心にケリをつけるという意味では、どうしても勝利して終わりたかったです。いくらチャンピオンになってもシリーズ最後のレースに勝てなかったら、あいつはそこまでの選手だと思われてしまいます。それではモヤモヤした気持ちになってしまうので、やはり最終戦の勝ちにはこだわっていました」
王座を獲得したシリーズを優勝で締めくくろうと決意した小出は、リラックスしていたこともあってか寝つきがよかったと言う。しかし、最終戦が行われる日曜日の目覚めは必ずしもさわやかではなかったようだ。
「今日が始まるのかと少し気が重く、できることならレースを1日延期してくれないかなとも思いました。もう少し寝ていたいという眠さもありましたが、どちらかと言うと精神的な重さが大きかった感じでした」
さすがに、これからシリーズチャンピオン決定戦に臨むという緊張や、優勝でシリーズを締めくくりたいという気負いがあったのだろう。だが小出はあっさりと気持ちを入れ替えてレースに臨んだ。
「朝、サーキットに入ったらスイッチが勝手に切り替わりました。特に意識もしなかったのですが、身体をウォーミングアップしてレーシングスーツを着て、ヘルメットをかぶる、という毎回と同じルーティーンの流れに乗ってしまえば、気持ちも自然と軽くなりました」
心境と闘争心が噛み合った状態で2番グリッドからシリーズ最終戦に臨んだ小出は、レース途中でトップを走る小林利徠斗選手をかわすと後続からの追撃を振り切り、自らがこだわった通り優勝のチェッカーフラッグを受け、堂々と念願のシリーズチャンピオンに輝いた。コロナ禍に見舞われた2020年、シリーズ第4戦でFIA-F4にデビューして以来、足かけ3年でたどりついた栄光であった。
「今シーズンはとりあえず先のことは考えず、FIA-F4のチャンピオンをとることだけに集中していたので、そのチャンピオンをとることができて純粋にうれしいです」と小出は喜びを語る。
「シーズン中には、不安になってしまい精神的にきつかったことはありました。ですが、自分にはシリーズチャンピオンになるというしっかりとした目標があったので、気持ちがぶれてしまうことはありませんでした。このFIA-F4でメンタリティが及ばないようであれば、絶対に上には上がれないと思っているので、その部分は絶対に耐えてやろうという気持ちでいました」
コロナ禍に翻弄されながら闘い、ようやく頂点に立った小出はFIA-F4での3シーズンをこう振り返った。
「3年間、長かったようで短かったと感じます。ですが、非常に濃い3年間でした。この3年で、僕は速さだけではなく強さも手に入れることができました。自分としては、飛躍的に成長できた3年だったと思います」