Formula 1

Behind the Scenes of Honda F1 2021 - ピット裏から見る景色- Vol.01

皆さん、お久しぶりです。Honda F1で広報を担当しているスズキです。 昨年はコロナ禍の影響などのさまざまなイレギュラーにより、あまり更新できなかった本コラムですが、今年はできる限りアップできるようにしていこうと思っていますので、引き続きよろしくお願いいたします。 これまで通り、Honda F1のさまざまなメンバーの視点から、彼らの仕事内容やF1にかける想いなどを語ってもらえればと思っています。残念ながらHondaにとってのラストイヤーにはなってしまいますが、最後までお付き合い願えますと幸いです。

Behind the Scenes of Honda F1 2021 - ピット裏から見る景色- Vol.01

―公式テストが終了!”新骨格”のPUを投入しました

さて、F1は先週末のバーレーンでの3日間のテストも終わり、いよいよ来週にはシーズンの開幕を迎えますね!



我らがHonda勢の2チームは大きなトラブルなくテストを走りきり、今後に向けて貴重なデータを多く蓄積できました。途中、ものすごい砂嵐に見舞われるなど、いつもの冬のバルセロナとはまた異なる難しさがありましたが、エンジニアたちの話を聞くと、全体としてはいい手ごたえとともに3日間を終えられたようです。

今年は僕たちのラストイヤーという部分以外にもHondaとして見所満載なシーズンだと思っています。まずは新たに投入される新しいパワーユニット(PU)。開発責任者の浅木さんの発言が記事になっていたりもしますが、最後のシーズンに臨むにあたり、昨年までの仕様から大幅に変更を加えています。このような大きな変更は2017年以来なのですが、新骨格と呼んでいることからも分かるように、全体の設計も含めてさまざまなところに手を加え、非常にコンパクトながらもパワーの向上と信頼性の確保を実現しています。集大成と呼ぶにふさわしいPUになっているのではないでしょうか。



エンジニアたちから色々な説明を聞くにつけ、これまでの6年間でHondaが経験してきた多くの苦労や失敗、それに成功から蓄積された技術とノウハウ、創意工夫が詰まったPUのように思えます。撤退発表後に浅木さんが社長に直談判して決めたという投入の経緯も含め、Sakuraのエンジニア・メカニックたちの熱い想いが詰まったPUがサーキットでどれだけのパフォーマンスを見せてくれるのか、今からとても楽しみにしています。この辺りは、次回のコラムを担当する本橋エンジニアがもう少し語ってくれるはずですのでお楽しみに!


―ラストイヤーに日本人ドライバーと戦う

そしてもう一つは7年ぶりの日本人ドライバー、角田裕毅(つのだ ゆうき)選手のScuderia AlphaTauri Hondaからのデビューです。これは僕たち以上に、日本のモータースポーツファンの皆さんが楽しみにしているのではないでしょうか。僕たちとしても、最後の年に日本人ドライバーと一緒に仕事ができることには本当に感慨深いものがあります。



僕が角田選手と初めて会ったのは2017年のハンガリーGP。彼がHondaのジュニアドライバーとしてF1パドックを訪れた際でした。当時から彼の成績と評判については話を聞いていましたが、それでも当時はその少年が翌年から欧州に渡り、トントン拍子で3年後にF1ドライバーになってしまうなどとは、さすがに想像していませんでした。

例年F1では2-3人ほど新人ドライバーがデビューしていますが、角田選手のように下位カテゴリーのF3(旧GP3)・F2(旧GP2)を両方とも1年で卒業してステップアップしてきたドライバーは、昨今だとシャルル・ルクレール選手(フェラーリ)、ジョージ・ラッセル選手(ウイリアムズ)、ランド・ノリス選手(マクラーレン/両カテゴリーのフル参戦は1年ずつ)のみで、いずれもF1の将来を担うドライバーと言われています。ちなみに、彼らと同様に高い評価を受け、昨年F1で勝利を挙げているガスリー選手でさえも、F2(当時はGP2)を卒業するのには複数年かかっています。



彼らが幼い時から欧州でレースをしていたのに対し、角田選手が欧州に渡ったのは18歳だった2018年。サーキット路面やレーススタイル、言語の違いなど、日本とは全く異なる環境での戦いにもすごいスピードで順応してきました。早い時期から表彰台獲得などの成績を残している姿は、目の肥えた欧州F1メディアの目にも非常に鮮烈に映っていたようで、「F3のシルバーストーンで優勝したときから俺はYukiの大ファンなんだ」と話している英国人ジャーナリストもいるほどです。人数で考えるとF1ドライバーは世界に20人しか存在していないので、サッカーで言えば20歳の日本人選手がチャンピオンズリーグ決勝でスタメンに入ってしまうようなものなのかなと思います。


―期待のルーキー、角田選手。その素顔は?

角田選手がF1ドライバーになるために必要なスーパーライセンスの獲得は、昨年サヒールGPと併催されたF2の最終ラウンドで、レース1の優勝により決まりました。Hondaにとっては長年悲願であった日本人ドライバー誕生のために大きく前進した瞬間です。



ルーキーシーズンということもあり序盤に苦しんだ後に終盤で巻き返したこと、そして最終戦の際にはすでにHondaのF1撤退が発表されていたこともあり、僕の中では「最終年によく間に合わせてくれたなあ…。ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・」という想いで胸がいっぱいでした。ラストイヤーに日本人ドライバーと仕事ができることは、Hondaのメンバーにとって本当に大きな喜びですし「本当に間に合ってよかった」という想いでした。このレースは僕自身にとってもフェルスタッペン選手の2019年オーストリアGPでの優勝や、昨年のガスリー選手の初優勝などに並び、最もうれしかった瞬間の一つです。レース後すぐに本人と話すタイミングがあり、その際にも「本当にありがとう」という話をしたのですが、本人はいたってケロッとしており、一人で感極まっている自分が少し恥ずかしくなりました(笑)。

実際に、彼は普段から、F1ドライバーになることは夢が叶ったというわけではなく一つの通過点でしかないと言っていますし、もっと大きな夢を抱いているので、あくまでも「一歩前進」ということでしかなかったのだと思います。そういったビジョンの大きさや、さまざまなことに動じない図太さ、メンタルの強さがあってこその今の活躍だと感じています。昨年11月のイモラで初めてF1マシンに乗る朝に「緊張してる?」と聞いた時「え、緊張するもんなんですか?」と答えが返ってきた際も驚きました(笑)いつも自然体でブレない印象ですが、その一方で見えない部分でも地道に努力ができる点もすごいなと感じています。



バーレーンのテストでもいい走りを見せていた角田選手ですが、来週はいよいよグランプリの公式セッションでその姿を見ることができます。2019年に山本尚貴選手が鈴鹿のFP1を走行した際も非常にうれしかったのですが、また一つ特別な瞬間になると思っていますし、角田選手ならそんな喜びも吹き飛ばしてくれるくらい、もっとすごいことをしてくれそうな気もしています。ルーキーらしく攻めた走りを期待しています。


―Honda F1最終年への想いを少しだけ

さて、少し長くなっていますが、最後に2021年末をもってHondaがF1プロジェクトを終了することに関しても、自分の想いを書きたいなと思います。言うまでもなく非常に大きな決断で、それに対してさまざまな声があることも理解していますが、会社が将来を見据えて出した結論なので、その部分については尊重したいなと思っています。

一方で、10代のころから世界の頂点を目指して戦うHondaにあこがれ、実際にチームメンバーの一人として関わらせてもらっている立場からすると、今年いっぱいでHondaのバッジをつけたマシンがF1の舞台からいなくなってしまうことは本当に残念に思っています。ゼロから関係を築き、一緒に前進を続けてきたRed BullとAlphaTauriという素晴らしい仲間たちと仕事をするのも今年が最後になると思うと、その部分にも大きな寂しさを感じています。ここまで年々成績を上げてきていますし、Red Bullについてはもう少しでトップに挑めるポジションにいることもあって、HRD-SakuraやHRD-UKのファクトリーで働くメンバーも、それぞれにさまざまな想いを抱えていると思います。



一方で、まだこの1年間が残されているということも事実です。世界の頂点を目指して戦うことができる時間が、僕たちにはまだ1シーズンあるんです。(実は昨年、非常に落ち込んでいた僕をそんな言葉で励ましてくれたのが、Red BullとAlphaTauriのメンバーでした)

僕自身はエンジニアやメカニックではない立場でプロジェクトに関わらせてもらっている数少ないメンバーの一人であり、その意味では非常に幸運だと感じていますし、ファンの皆さんやHonda社員の代表としてチームに帯同させてもらっているという想いをずっと持ちながら仕事をしています。F1というスポーツはその技術的な複雑さや関わっている要素の多さゆえに、何が起こっているかを伝えることは簡単ではないのですが、残された時間の中で自分にできる限りのことをしていきたいと考えています。

このコラムで言えば「どんな人たちがどんな想いとともにHonda F1で世界一を目指す戦いに挑んでいるかを伝えたい」という気持ちから始めたものなので、最後までできるだけたくさんのメンバーの率直な声を届けていきたいと思います。



昨年の発表の後、SNSなどでの世界中のファンの声や、さまざまなジャーナリストの皆さんの記事を読ませてもらっていました。F1ファンのみでなく、多くの方が今回の件について、それぞれの立場や切り口から今のHondaや、HondaのF1に対しての想いを綴ってくれていました。中には悔しさや怒り、失望の声といったものも多くあり、皆さんをそんな気持ちにさせてしまったことを本当に申し訳なく思っています。一方で、そういった声の裏には、”Honda”という名前に対する大きな期待があったようにも感じられました。

―― 成功者は、例え不運な事態に見舞われても、この試練を乗り越えたら必ず成功すると考えている。
 そして、最後まで諦めなかった人間が成功しているのである。

これは、僕の好きな本田宗一郎さんの言葉の一つです。皆さんの想いに応えるためにも、ラストイヤーの僕たちにできることは、この言葉のように最後まで全力で戦っていくことしかないと思っています。(いまの僕たちには「試練」と言うより「チャンス」という言葉がふさわしいかもしれません)



あと1年、Hondaの名前を背負ってF1の舞台で戦わせてもらえるということに喜びと感謝を感じながら、残された期間のなかで、僕たちなりの”The Power of Dreams”をお見せできればと思っています。

それでは最後のシーズンになりますが、皆さま引き続きのご声援を、よろしくお願いいたします!


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