Behind the Scenes of Honda F1 2021 -ピット裏から見る景色- Vol.09
皆さん、こんにちは。Honda F1のエンジニア、”ライティー”ことクリス・ライトです。今回は、私が前職のメルセデスを退職して、Honda F1に加入してからの話をしていきます。その前に、少しだけレース結果について振り返らせてください。
―フランスGPで、Hondaパワーユニット勢が3連勝!
ご存知の方も多いと思いますが、Red Bull Racing Hondaのマックス(・フェルスタッペン)の勝利により、モナコ・アゼルバイジャンに続き、Hondaとして3連勝を挙げることができました。最後の大逆転のすごいレースでしたね。30年ぶりの3連勝により、コンストラクターズおよびドライバーチャンピオンシップをリードしていることは、こちらでは多くのニュースになっています。素晴らしいリザルトですし、2016年の苦しい時代にHondaに加入した私からすると、自分たちがどれだけの進化を遂げてきたかについて思うと、本当に感慨深いものがあります。
#F1jp フェルスタッペン選手のオーバーテイクを動画でもう一度🤩
— HondaモータースポーツLive (@HondaJP_Live) June 20, 2021
DRSを使って前に出ると、そこからさらに突き放す、素晴らしい走りでした!!#PoweredByHonda #ホンダモースポ pic.twitter.com/G2Pg8AWBY5
私はAlphaTauri側の担当なので、正直に言うと担当であるピエール(・ガスリー)との仕事にかかり切りの週末でしたが、彼も母国GPで7位入賞と、いい結果を得られたと思います。今年の彼のパフォーマンスの安定感には目を見張るものがありますし、コンストラクターズランキングでアストンマーティンを3ポイント差でリードして5位という現状は非常にポジティブです。一方で、ピエール自身やほかのチームメイトたちも7位以上の結果を得られるのではと思っていたところもあったので、そこは残念でしたが、7位で悔しいということ自体が、今年私たちのパフォーマンスがどれだけ高いかということを物語っているのかもしれません。
―メルセデスからHondaへの転職
私がメルセデスを退職したとき、Hondaは、パワーユニットサプライヤーとしてF1に復帰してはいましたが、まだプロジェクトをどのように運営していけばいいのか、つかんでいないように見えました。
復帰直後の2015年にかなり苦戦している姿を見て、私がHondaにいれば、大きな貢献ができるのではと感じていたので、求人へ応募したところ、2016年の初めからHondaで働くことになりました。自分がこのプロジェクトを前進させるための力になれるかもしれないという部分がとても気に入っていました。
―苦境でも、オペレーションのレベルは高かった
当時、ミルトンキーンズの拠点では、すでにヨーロッパのスタッフが働いていましたが、エンジニアはいなかったはずです。おそらく、私が最初の外国人エンジニアだと思いますし、少なくとも現場のエンジニアとしては初であることは確かです。
Hondaで働き始めたとき、日本人の同僚はみんな驚くほど礼儀正しかったです。彼らは他メーカーがどんなことをしているのか知りたがっていましたし、私自身もHondaに来たら、データを見て「皆さんはX、Yについては分かっていますが、このZが足りていないので、現場でこういう感じで運用する必要がありますね」というような対応になると思っていました。
ところが、実際には彼らはそういったことをすべてを分かっていて、運用面ではとてもいい取り組みをしていました。よく知られているように、当時のPUからのパワーと信頼性が不足していたという部分のみが大きな問題だったのです。現場で一緒に働いたスタッフは、その前にもオペレーション担当の部署に所属していたのだと思います。それぞれ能力の高い人ばかりで、何が必要なのかにとても敏感で、素早く適応していました。正直、これには驚きました。これまで自分が他のチームで経験したことと比較しても、驚くべきレベルでしたよ。
自分たちのやり方を頻繁に変更し、短期間で改善を重ねていったことも印象に残っています。一方で、当時はエンジンの構造そのものを改善していくことについては少し時間がかかっていた印象です。ただ、この点もその後大幅に改善し、いまはすごいスピードで変更が施されるようになっています。
―担当したドライバーの中で一番は・・・
2019年後半からは、ピエール・ガスリー選手を担当していますが、本当に速いドライバーで、彼と一緒に働けるのは素晴らしいことです。人柄もとてもよく、ここ最近、大きな成長を見せてくれていますよね。
ただ、少し言いづらい気はするものの、これまで自分が関わった中で一番驚いたドライバーは、実はフェルナンド(アロンソ)なんです。チームに対して厳しい言動をする一方で、コースに出れば全くミスをせず、一瞬にしてすべてのスイッチが入ったかのような走りを見せます。自分のすべきことが分かっているんですね。
エネルギーマネジメントやレース展開の読み方などを、エンジニアレベルで理解していて、ドライバー目線で的確なサジェストをしてくれます。また、マシンを速く走らせるだけではなく、ドライバーに必要な、荒々しい不屈の精神を持っています。今まで見てきたドライバーの中で、誰よりもチャンスに対する嗅覚が鋭かったですね。
―Hondaでの日々。日本人は働きすぎ?
Hondaでの日々はとても楽しくて、ここで働くのが本当に大好きです。日本の文化に触れることもできています。このコラムの中でも様子を少し紹介してきましたが、いまは日本語でいくつかの言葉を理解できるようになりましたし、仕事でのコミュニケーションには問題を感じていません。一方で、寡黙な人たちも多いので、とても近い立場で働く仲間であっても、プライベートのことはよく知らないこともあります。
F1の仕事は多くの時間が割かれ、家族や友達よりも同僚と一緒にいることが多くなります。自然と、仲間と一緒に過ごした日々は、退職後もずっと思い出となって残りますが、私は、日本のメンバーたちがそういう思い出を作る機会を逃しているのではないかと少し心配になります笑 仕事に対するメンタリティの違いかもしれませんが。彼らは外に出て何か新しいことを発見しに行くことよりも、サーキットで仕事をするほうが好きなようです。仕事に対しては、本当に熱心に取り組んでいます。
Hondaへの加入当初は、失敗も多かったですし、レース結果もよくなかったので、仕事が楽しいとは言い難い状況でした。パワーや信頼性についてもそうですが、それに加えて、マクラーレンとの関係性も難しいものになっていました。マクラーレンのエンジニアはイギリス人が多く、当然私とのやり取りもあったのですが、母語が同じ同士だからこそ伝わってくる彼らの思いも感じ取っていましたし、悔しい思いをしたことも多々ありました。パートナーシップの終わり方については、今でも複雑な気分です。
それだけに、いまHondaのパワーユニットを搭載したマシンがランキングのトップにいることをとても誇りに思うと、胸を張って言えます。
さて、長くなってきたので、今回はこのあたりにしておきましょう。今週末からはオーストリア、レッドブル・リンクでの2連戦です!
その名の通り、Red Bullグループにとってのホームレースですし、パワーが求められるコースレイアウトなので、いつも以上に気合が入ります。皆さんも、ぜひ応援お願いします!!