Behind the Scenes of Honda F1 2021 -ピット裏から見る景色- Vol.08
皆さん、こんにちは。Honda F1でScuderia AlphaTauri Honda担当としてトラックサイド(現場)のパフォーマンスエンジニアを務めるクリス・ライトです。みんなからは、“ライティー”と呼ばれています。
おそらく、私はHonda F1が2015年に復帰してから、初めての外国人エンジニアではないでしょうか。今回、コラムのバトンを受け取ったので、私がどのようにモータースポーツでの仕事をしてきたのか、そしてHonda F1最終年に対する想いなどを語りたいと思います。
―アゼルバイジャンGP、素晴らしい結果でした!
さて、その前に、まずは先日のアゼルバイジャンGP、Hondaにとっては間違いなく素晴らしい結果になったレースについて少しだけ。Scuderia AlphaTauri Hondaのピエール・ガスリー選手担当として、率直に言えば、今年のRed Bullのパフォーマンスを見ていると、勝つべくして勝ったレースだなと思っています。AlphaTauriについては、ピエールの表彰台獲得はもちろんですが、ユウキ(角田裕毅選手)がポイント圏内で入賞してレースを終えたことは、大いに誇りに感じていい結果だと思っています。
ピエールはFP3でトップになり、予選では4番手のポジションを確保するなど週末を通していいパフォーマンスを見せていました。そして波乱の展開となったレースでは、本当に最後までハードにチャレンジを続けてくれました。終盤にパワーユニット(PU)にトラブルがあり、私たちも懸命にそれをマネージしたこともあって、その分余計に3位表彰台というポジションに対する喜びが増しました。赤旗から再開後の最後の2周で、彼の親友のシャルル・ルクレール選手(フェラーリ)と激しくバトルしていた部分が、ピエールのレースのハイライトだったのではないでしょうか。
―モータースポーツエンジニアを目指して
さて、ここからは私のキャリアについて話をしていきます。 イギリス北部のヨークシャーという地域で生まれ育った私は、小さい頃から、毎週日曜日は父とテレビでレースを見ていました。だいたい、父は途中で寝てしまうんですけどね(笑)。学生時代は研究に没頭し、モータースポーツエンジニアリングの学位を取得しました。こうした学位を取得すると、卒業後はF1チームで車体側のデータを分析し、セッティングの最適化などを行っていくレースエンジニアを目指す人が多いように思います。ただ、私自身は、みんなが避けるような、少し専門的な分野に進んだ方が、卒業後に面白い仕事に就けそうだと考えて、ダンパー、電装、エンジンの中から、どれかを専攻しようと決めました。その結果、今のようにエンジンが専門になったのですが、後悔はしていません!(笑)。こうして、2005年から今に至るまでこの業界でにエンジン担当のエンジニアとしてレースに携わっています。キャリアの始まりは、二輪車のチューニングからでした。そこからプロトタイプスポーツカーの耐久レースでの経験を経て、F1の世界へと足を踏み入れました。
セントラル・ランカシャー大学 Photo by Fetler (Public Domain)
―モータースポーツのプロとしての第一歩
大学を卒業して最初に入社したのは、ザイテックという会社でした。現在は、ギブソン・テクノロジーという名前で知られていますね。私の仕事は、あるエンジンメーカーのために、トラックサイドのサポートと、ダイナモを使ったエンジニアリングを担当していましたが、本当に素晴らしい時間が過ごせました。エンジンを細かに調整していくキャリブレーションや、ダイナモを使ったエンジン開発、開発の仕上げ工程などを経験し、レース現場にも行きました。―F1のエンジンサプライヤーへ転職するも・・・
ザイテックを離れて入社したのがコスワースです。2010年にF1へ復帰して、ちょうどヒスパニア(HRT)やロータス、ヴァージンといったチームへエンジン供給を行うタイミングでした。私が担当したのは、同じくコスワースエンジンを使用することになっていたウイリアムズでした。これらは、バーニー(エクレストン)の仲介によって決まり、コスワースにとっては大きな契約だったはずで、そのおかげで複数のチームへエンジン供給を行うことになりました。当時のエンジン規定では、1万8000回転という上限がなく、最大で2万回転というエンジンでした。各チームに合わせたチューニングが必要だったので、開発領域の仕事もありました。2010年の初年度はウイリアムズ担当でしたが、翌年から3年間、V8エンジンの規定が終了するまではマルシャを担当しました。
それまで全く経験がなかったこともあり、メルセデスでは短期間で多くのことを学んでいきました。新しいハイブリッドレギュレーション(現行のPUレギュレーション)によるエネルギーマネジメントについてなど、得るものはたくさんありました。メルセデスには2年と少し在籍したのですが、実は、あまり仕事を楽しめなかったのも事実です。もちろん、魅力的な職場で、素晴らしい施設で多くの優秀な人々に囲まれて過ごすことができました。ただ、メルセデスの文化や雰囲気が、当時の私には合わなかったんです。
こうして、僕はHonda F1へと加入することになるのですが、その話はまた次回に!その前にまずはフランスGPがやってきます。ピエールの母国レースですし、今回もいい結果を得るように気合を入れてレースに臨みます!